#06

誰も居ない格納庫のキャットウォークから、アーシェは“ザク”を見つめていた。
今まで無意識に直視することを避けてきたモビルスーツ。改めて向き合うと足が竦んだ。
数時間前にボルテールに搬入されたそれは、今度ジュール隊に配属される予定のパイロットのものだ。
開戦後の混乱の中、月軌道の戦力強化のためにパイロットを増員するのだという。義勇軍であるザフトは、地球連合軍と比べると兵士の数の面で不利だった。
整備のために開けられたままのコックピットを見下ろして、アーシェは息をのむ。
私だって、出来るはずだった…
無意識に足が動いていた。
「何をしている?」
ハッとして振り返ると、アイスブルーの鋭い瞳に射抜かれた。
「隊長…」
「“そこ”はパイロットにとって聖域だ。生半可な気持ちで踏み入っていいところではない」
「すみません!」
慌てて頭を下げると、頭上で大きなため息が聞こえた。彼がどんな顔をしているのか、アーシェは確認するのが怖くてしばらく頭を上げられなかった。
「お前、最近変だぞ」
ゆっくり顔を上げると、イザークは心配そうにアーシェを見ていた。
「大丈夫か?」
「…大丈夫です」
「じゃないな」
ガシガシと頭をかき乱された。アーシェは胸に込み上げてくるものを感じて、下を向く。
少しの間お互いに無言の時を過ごし、アーシェがゆっくりと口を開いた。
「私だって、本当は乗れたんです…」
「ああ、知ってる」
アーシェの事情を、隊長であるイザークは知っている。そして、いま彼女が悩んでいることも。
常に隣にいて彼女の変化に気付かないほどイザークは鈍くはなかった。
「出来たはずのことを、出来ずにただ見ている自分が、情けなくて…」
アーシェは言葉を絞り出す。
「モビルスーツに乗りたくなったか?」
「乗らなきゃ…いけない気がしてます…」
ユニウスセブンからずっと焦燥感に駆られていた。
モニター越しに戦況を見守るしか出来ない自分を、自分の中の何かが「それでいいのか?」と聞いてくるのだ。
「いくら成績が良かったからとはいえ、そんな簡単なものでは無い」
清冽な声色が言う。
「それに、立場は違ってもプラントを守ることには変わりはないだろう。何をそんなに焦っている?」
「自分でも分からないんです」
分からないから、答えを知りたい。
今のままではその答えに辿り着けない気がした。
イザークは、俯くアーシェの頭に手を置いた。
「少し冷静になった方がいい。明日から休暇だ。ゆっくり休め」
「…はい」
深々と礼をして、その場を後にする。
途中、自分の名を呼ぶ声を背中で聞いた。
「俺は…お前が秘書官でいてくれて助かっている。お前が待ってくれているから、安心して帰って来れた」
彼の言葉に、アーシェは振り返らずに答えた。
「…隊長にそう言って頂けるなんて、光栄です」




結局、自分も矛盾だらけの人間だ。真っ直ぐな生き方なんて出来ない。
自身の機体のコックピットの中でイザークは考える。
整備ログをひと通り確認し終えて、息をつく。
「何を偉そうに言ってるんだか…」
先ほどの事を思い出して、自嘲するように呟いた。
自分に出来る事をするだけ。
力を持つものは無駄にするべきではない。
そう信じているからこそ、自分はザフトで戦い続けているのだ。
アーシェが配属される際、彼女の士官学校での成績にイザークは目を見張った。正直、このまま秘書官においておくのは勿体無い人材だと思ったのも事実。
だが…
彼女の気持ちが前線に出る事へ揺れているのを目の当たりにしたとき、イザークは躊躇した。そして、自分の信念に嘘を付いた。
プラントの為に戦う兵士にとっての最善よりも、私情を優先して答えてしまった。
アーシェの後ろ姿が頭を過ぎって、イザークは顔を歪めた。

出来ることなら、自分の目の届くところに置いておきたいのに…