休暇2日目。ディセンベルの中心街。
多くの人が行き交う大通りを、アーシェは重い足取りで歩いていた。
浮かない気分を少しでも晴らそうと街へ出てみたが、好きだったセレクトショップを覗いてもどれもピンとこず、結局ドラッグストアで日用品を買い込むだけに終わってしまった。
どうして今まで気付かなかったんだろう…
自身のマンションに向かいながら、アーシェは寝不足でぼんやりとする頭を必死に巡らせた。
一度疑念を持ってしまえば、後はそこから綻びばかりに気付いてしまう。
少し考えれば矛盾なんてたくさんあったのに…
昨日、アーシェはアニタと別れてから両親の事を調べ始めた。
プラントの資産家であったヘインズは、主に金融業界で財を成してきたと聞いている。一晩中資料を集めたが、分かったのは父アルフォンスが経営者として能力が高かったということくらいで、アーシェの疑念の核心には届かなかった。
それでも、ひとつだけ気になる資料があった。
突き詰めていくとひとりの人物に辿り着く。その名前に、アーシェは心当たりがあった。
少しでも可能性があるなら当たってみるしかないと考えたが、その人物はアーシェの立場では容易に接触出来る人物ではない。
いったい、どうすれば…
ふと、路面のショーウィンドウの前で足が止まった。
世界的に有名な高級ブランド。上質な革の鞄が並び、マネキンは洗練されたデザインの無地のワンピースを着こなして佇んでいる。
アーシェはそこに映った自分に心の中で問う。

――貴女は、何者なの?

当然、疲れたような顔の“彼女”は何も答えてくれなかった。
ショーウィンドウに広がる華やかな世界と自分の沈んだ気持ちとのギャップに、アーシェは小さくため息を着いて、再び歩き出そうとした。
その時、店の扉に付けられたベルがカランと軽快な音をたて、中から2人の男女が出て来た。彼らは談笑しながら店の前に停められた黒いエレカに向かう。
何気ない街の風景だと思った。
休日の昼下がり。質の良い服飾を身に纏い、高級ブランドでショッピングを楽しむ…
街を行き交う人々の顔を見ていると、つい先日地球連合軍がプラントに向けて核を撃ち込もうとしていたことなど嘘のようだ。
頭上に広がる人工の空の向こうでは、多くの兵士が生命をかけて戦っていたというのに。
憂鬱な自分とは違って、世間はみんな呑気なものだ。
皮肉めいた言葉を思い浮かべながら、アーシェはその上流階級であろうカップルの横を通り過ぎた。チラリと横目で彼らをうかがった時、不意に男の方と視線がぶつかった。
数歩進み、アーシェはピタリと足を止めた。
呑気だと嘲笑したその男の眼は、宇宙を思わせる漆黒…
ハッとして振り返ったとき、向こうもアーシェと同じ反応をしていた。
「…アーシェ・ヘインズ?」
「…エアリス、隊長?」
心臓が大きく拍動した。
一度会っただけでも印象に残る容貌の彼は、今日は軍服を脱いで白いシャツに細身のパンツというシンプルな装いだった。
彼もアーシェの格好を見て、察したように「ああ」と柔らかく笑う。
「君も休暇?」
「…はい。昨日から」
「うちと同じだな」
ジークの隣に居た女性が控えめに口を開いた。
「お知り合い、ですか?」
ウェーブがかった茶髪に長いまつ毛が印象的な美女だった。
「ええ。ザフトの同僚です」
「まぁ、可愛らしい方なのに勇敢なのですね」
品の良い笑みを浮かべてアーシェを見る。
“勇敢”という言葉が胸をチクリと刺した。
アーシェは彼女の屈託のない目に見つめられて、居心地の悪さを感じていた。
「最近忙しかった分、ゆっくり休むといい」
「良い休暇を」とジークはアーシェに背を向け、連れの彼女を助手席へと促した。
「…あの!」
アーシェは思わず彼を呼び止めた。
握り締めた拳が汗ばむ感覚がした。
「あとで…後で、私にお時間を頂けませんか?お聞きしたいことがあるんです」
「俺に?」
彼は怪訝そうに視線を向けた。
アーシェは強張った顔で大きく頷く。
「急にすみません。でも、エアリス隊長でなければ分からないことなんです…」
その言葉にジークはしばらく考えた様子で眉を寄せた。次に、助手席の彼女に話かける。
「申し訳ありません。今夜のオペラはまたの機会に…軍の急用が入ってしまいまして」
助手席から小さく落胆の声が聞こえた。
「この埋め合わせは必ず」
真摯的な口調でそう言うと、ジークはアーシェに向き直る。
「18時。本部のカフェテリア」
「え…今日、ですか?」
特に事情を聞くことなくあっさりと了承されて、アーシェは驚いた。
「俺も暇じゃない。それにその顔…」
彼は何か含んだように口の端を上げた。
「よほど切羽詰まってるように見えるがな」
じゃあ、と運転席に乗り込む。
黒いそれが発進する間際、助手席の彼女がジークの目を盗んで不満そうにこちらを睨んだのをアーシェは見逃さなかった。
アーシェは呆然と立ち尽くして、走り去るジークのエレカを見送った。