「――さて、と…」
ジークが真っ直ぐアーシェを見つめた。
「それで?聞きたかった“俺にしか分からないこと”とは?」
本題に切り替えられて、アーシェは身構えた。
膝の上においた拳が震える。
「私の、生家…ヘインズのことです」
また、頭の中でズキズキと痛みが広がるを感じた。
「お恥ずかしい話ですが…両親がどんなことをしていたのか、私何も知らなくて。今まで気にする余裕も無かったんです」
「確か、父親はブルーコスモスによるテロの犠牲者だったか」
「はい。私が12の時だったと聞いています。母はその後、心を病んで自ら命を絶ちました」
口から出るのは気が重くなるような両親の死の真相。ジークはそれを表情を変えることなく聞いていた。
「でも、それは全部アニタ…私の乳母だった、という人からの伝聞なんです」
アーシェは胸に溜めていたものを全て吐き出すように、話し続けた。
不自然なくらいに自分の周りにはヘインズ家の情報が残されていなかったこと。
ずっと頭の中を占拠する原因不明の痛みのこと。
今まで感じていたモビルスーツへの恐怖感と、今の自分の急な心境の変化。
これを解決しなければ、自分は先に進めない気がすると。
「…で、それが俺にどう関係があるんだ」
「父の会社の情報を集めたとき、気になる点がありました。不明な投資金があるんです。それも巨額な」
持参してきた資料を差し出すと、彼はそれをペラペラと捲って「なるほど」と感心したような声を洩らした。
「投資先は実体の無い会社です。さらにその先の資金の流れを突き詰めると、2つの会社が浮かびました。“ G.A.R.M. R&D”とエアリスです」
“G.A.R.M. R&D社“
コロニーメンデルでコーディネーターの産出を担っていた企業だ。
「短時間でよくここまで調べたな」
彼は資料を一度流し見ただけで、直ぐに後ろに控えたクロエにそれを手渡す。クロエも一応それを捲る動作をして、直ぐに冷静な視線をアーシェに戻した。
「その察しの良さ。優秀な秘書官だな」
彼の顔は全てを見透かしている表情だった。
「私の父と…エアリス隊長のお父様の会社は、何をしていたんですか?」
ジークの表情で、アーシェは一瞬で理解した。
心臓の鼓動が早くなる。
少しの手掛かりになればいいと思っていた…
だが、これはきっと核心だ。
彼の黒い瞳に強張った自分の顔が映っていた。
先ほどまで胸中を占めていた「真実を知りたい」という欲求は一瞬にして消え去り、とにかくこの場から一刻も早く逃げ出したい衝動に駆り立てられる。
「エアリスは、当時モビルスーツの開発も手掛けていた。お前の父親、アルフォンス・ヘインズはそれに大変興味を持っててな」
紡がれる言葉は、ゆっくりでどこか冷めた口調だった。
「自分が理想とするモビルスーツを造ることに没頭していった。それも、狂信的にな。本業とは関係ない。恐らくただ“出来る”ってだけの好奇心。財力の次は武力も欲しくなった…金持ちの強欲だ」
「モビルスーツの、開発…」
「うちはその注文通りに造った。そこまでが、エアリスの管轄だ。そして、“G.A.R.M. R&D“だが…」
アーシェは全身が冷えていくのを感じた。
ズキズキとした頭痛は、「これ以上踏み込むな」という身体からの警告だとやっと気付く。
だが、もう遅い。
「最高のモビルスーツ…正直、俺にはその“最高”の基準は分からないがな。お前の父親は、自分の肝いりで作ったモビルスーツの能力を最大限に活かせるパイロットが必要だと考えた」
アーシェは浅い呼吸のなか頭を抱えた。
――いたい…痛い
「だが、コーディネーターでも個体差がある。それならば、機体に100%適合する素体をいちから作ろうと考えた」
目の前で流暢に語る男の声は、ノイズ混じりの音になって聞き取りづらい。
――だめだ。これ以上は…
バチバチと頭の中に火花が散る感覚がした。
「それがお前だ。アーシェ・ヘインズ」
「やめて…」
記憶の中の両親の笑顔が崩れていく。
ジークは1枚の資料をテーブルの上に投げ出した。
そこにあるのは、1機のモビルスーツ…
「やめてッ!!」
アーシェが一際大きく叫んだとき、彼は口の端を吊り上げた。
ゆっくりと息を吐き、長い眠りについていた“それ”を呼び起こす呪文を唱えた。
「“フリッグ”」
ドクンと、全身の血が大きく脈打った。
瞬間、アーシェの身体はすべての機能を停止したようにソファに倒れ込む。
懐かしい感覚がアーシェを包んだ。
どす黒くて、忌々しい…あの血が今また全身を満たしていく。
薄れていく意識の中、自分を冷たく見下ろすジークと目が合った。
「お前の、“本体”だよ」