静かに寝息を立てるその顔は、求めても手に入れられなかった“彼女”そのものだった。
ディオニソスの医務室、ジークは何も言わずベッドに横たわるアーシェを見つめていた。
不意に湧き上がった目の前の淡い水色に触れたくなる衝動に、ハッとして手を引く。
「クズ、ですね」
背後でクロエが吐き捨てた。
ジークは一瞬ドキリとして振り返る。
「アルフォンス・ヘインズという男は」
「…ああ」
自分の好奇心と虚栄の為に、人間を機械の付属品として生み出す。まともな精神だとは思えない。
C.E.30以降、遺伝子操作という禁忌が世界に広く普及するようになると、人間の生命の倫理観は崩壊した。驕り振る舞う彼らの欲望のままに生み出された子ども達の行く末を、気にかける者は誰もいない。
「そこまでと知らなかったとはいえ、奴にモビルスーツを与えたのは、親父の人生の汚点だろう」
気高かったヴァン・エアリスの人生には、2つの汚点があるとジークは考えていた。
ひとつは、アルフォンス・ヘインズという狂者に手を貸してしまったこと。
もうひとつは、自分という獣に夢を托してしまったこと。
「このまま思い出さない方が幸せだったのでは?何故今さら…」
「見てみたくなった」
ジークは手元のモビルスーツの資料に目をやった。
シルバーフレームのそれは、今頃グレイによってディオニソスの格納庫に搬入されているだろう。
「奴が求めた“芸術”がどんなものか、俺も見てみたい」
ただの好奇心だ。
ヘインズをクズだと軽蔑しながらも、その未知の力に興味を唆られる自分がいることに気付いて自嘲した。
戦争はどうせやるなら楽しい方がいい…
「それに、あの様子だといずれ勝手に覚醒してた。開戦の混乱に当てられて、本能的に何か感じてたみたいだからな」
戦場の混乱に血をざわめかせるのは、自分達と同じだ。
「それでも」とジークは呟く。
目の前の穏やかな寝顔は、未だ起きる様子は無い。
「父親はどうであれ、こいつは幸せだな。“ブロックワード”で記憶に鍵をかけてまで、守ろうとしてくれた誰かが居たんだから」
母親か彼女のいう“乳母”かは知らないが、彼女を普通の人間に戻したいと願った誰かががいる。それは紛れもない愛情からだろう。
「格納庫に居る。目覚めたら知らせてくれ」
そうクロエに告げて、ジークは医務室を後にした。