格納庫に着くと、それはちょうど搬入を完了したばかりだった。
輝く機体を見上げてジークは名を呼ぶ。
「…フリッグ」
開いたコックピットから、赤いパイロットスーツが降りて来る。
ヘルメットを取ったグレイは、長い前髪をかき上げて大きく肩で息をついた。
「すっげー、やりづらい!」
「お疲れ。グレイ」
「なんだこれ。相変わらずめちゃくちゃなOS組んでるのな。動かしづらいったらないぜ」
グレイは不満そうに口を尖らせた。
「この機体のまま月軌道でスクランブルかけられたら…俺、死んでたかも」
思ってもいない事を口にして、ジークに抗議の目を向ける。
「俺にこれを“コペルニクス”まで取りにいかせてる間、隊長様はどっかのご令嬢とデートだもんなぁ?」
「悪かったって」
ジークは笑って彼の肩を叩く。
月面都市“コペルニクス”には、エアリス社の格納庫がある。“フリッグ”はその格納庫の奥で長く眠りについていた。
過去にジークは、製造データが残っていないこの謎の機体を自分の隊に配備出来ないかと考えたが、誰を乗せても「合わない」と匙を投げられた。一見ロールアウト前の煩雑なシステム構成だったが、よくみると改変出来ないようにロックがかかっていた。
考えあぐねているうちに、エアリス隊にフェンリルとガルニが配備された為、謎の機体は月に放置されていたのだ。
今回の一件で調べて分かったことだが、ヘインズグループが社長の死去によって各方面に売却された際、ヴァン・エアリスがこの機体を引き取ったのだという。
「まさか、これが“本体”だったとはな。見てくれだけのモニュメントかと思ってた」
――どういう巡り合わせなのか…
ジークは表情を陰らせて銀色の“芸術品”を見上げた。
どんなに考えないようにしても、結局お前に辿り着いてしまう。
――何度忘れようと、やはり俺達は離れられないよ。フィーネ。
「“フリッグ・スキャルブ”」
凛とした声が格納庫に響いた。
声の主はしっかりとした足取りで機体の足元まで進むと、その機体を冷めた表情を見つめた。
「“この子”の本当の名前です」
先ほどまでの儚げな少女、アーシェ・ヘインズはそこには居なかった。
呆気に取られる2人をよそに彼女は言葉を続ける。
「この子は少し高飛車なところがあるので、ちゃんと名前を呼ばないと“本当のOS”を立ち上げてくれないんです」
ジークとグレイに向き合ってきっぱり言う。
「あと、男嫌いです」
「おい」とグレイが困惑した様子でジークを肘で小突いた。
ジークは乾いた笑い声をあげた。
「思い出したのか」
アーシェは不快感を露わにした表情で頭に手をやる。
「無理やりこじ開けられたので、まだ痛いですけど」
「悪かったな」
「ここまでして、いったい何が目的ですか?」
サファイアを思わせる深いブルーの双眼がジークを見据えた。
その眼に血が沸き立つ感覚を覚えたジークは、薄い唇に好奇を滲ませた。
「お前が求めたから協力したまでだ」
アーシェはまだ何か言いたげだったが、唇をきつく結んだまま再び視線を自身の“本体”に戻した。
何かを決意したような清廉な横顔にジークは言葉を投げる。
「やりたいことがあったんだろ?ここからは、自分で考えて好きにしろ」