#08
「——どういうつもりだ!ジーク・エアリス!!」
ザフト軍本部のカフェテリア。ランチのピークを過ぎて人が疎らになったそこに、イザーク・ジュールの怒声が響いた。
「貴様…!こんな…ふざけた事を…!」
一服をしていたジークの前に、書類が叩きつけられる。ジークはそれに視線をやり、ふぅと紫煙を吐き出した。
「落ち着け」とジークは自分の真向かいに着席を促す。イザークは苦り切った顔をして乱暴に腰を下ろした。
「俺も、ついさっき内容を読んだばかりだ」
叩きつけられた書類には、ジュール隊秘書官、アーシェ・ヘインズのパイロット転向とエアリス隊への異動が記されていた。
イザークは荒い息を整えようと大きく深呼吸する。
出来るだけ平静を装うように、ゆっくりと口を開いた。
「お前の隊に異動して…モビルスーツパイロットだと?」
普段より低く、感情を抑えることに意識を集中させる。
口元に余裕を浮かべる目の前の男。こういうタイプには熱くなった方が負けだ。
「あいつは…お前も、何を考えている?」
しかしそれでも怒りは隠しきれず、語尾が震えてしまう。イザークは奥歯を強く噛み締めて、湧き上がる激情に耐えていた。
「パイロット転向は本人の希望だし、うちへの配属は“能力”を考慮しての上の判断だ」
ジークはいつも通りの口調で答えた。イザークはその態度にも苛立ちを覚えた。
「直接こちらから挨拶に行けなくてすまなかった。本人もお前に会いたがっていたが、こちらも急ぎでやることがあってな。正式に転向の許可が下るまで言えなかった」
ジークは煙草を灰皿に押し付けて、申し訳無さそうに瞳を伏せた。その表情は本当にすまないと思っているように見える。
イザークはこうして向かい合って初めて、この男の悪性を理解した。
自分では計算し尽くしたつもりでいるかもしれないが、結局は相手の立場になって物事を考えていないのだ。自分は優秀だから何をしても許される。そんな傲慢さが透けて見える気がした。
「じゃあ、あいつが休暇を延長したのはその件か」
「ああ、そうだ」
当初3日の予定だったジュール隊の休暇をアーシェは1週間延長の申請を出していた。最近彼女が軍医にかかっている事を知っていたイザークは、その関係だろうと思っていたのだ。
「あいつがパイロットへの転向を考えていたのは、俺だって気付いていた。その能力があることも…」
イザークは顔を歪める。
「だからといって、“じゃあ、やってみろ”などと簡単に言えることではないだろ。これは」
士官学校の成績と実戦での戦果は比例するものではない。現に、イザークの同期だったエースパイロットは、先の大戦が終わると3人しか生き残らなかった。
「あいつは、人を討つには優しすぎる…」
アーシェ・ヘインズは、優しい少女だった。
簡単な任務だと言ってきかせても隊員達が出るときは眉尻を下げて泣きそうな顔で見送り、帰還すると満面の笑みで駆け寄ってきた。イザークは上官として「もっとしっかりしろ」と厳しく言い聞かせながら、本当はそんな彼女に心惹かれていた。
「あいつは、お前の姿を見て決心したと言っていた」
ジークが静かに言った。
「プラントを守るお前の真っ直ぐな姿に、自分も何かしなきゃと思ったんだと。出来る可能性があるのに何もしないのは嫌だと」
「それに」と、ジークは続けた。一際低い声だった。
イザークは身構える。
「お前ほどの立場がある人間なら、ここに来るまでに薄々気付いているんだろ?」
「ッ…」
テーブルの下の拳を更に強く握り締めた。
「うちのパイロットに配属されることが、どういうことか」
辞令書を見たときに過ぎった疑念。
杞憂であって欲しいという願いは、ジークのその言葉で脆く崩れさった。
元プラント最高評議会議員エザリア・ジュールを母に持ち、自身も文官議員を務めるイザークは、エアリス隊のパイロットがどういう者かを知っている。
彼らの出自はこの国の上層部のパンドラの箱だ。
「あいつは…」
ボルテールで俯きながら自分の気持ちを吐露した、あの小さな背中が頭を過ぎった。
黒雲のような絶望感がイザークを襲う。
言葉を失ったイザークに、ジークは重々しい表情で言った。
「お前にとって大事な部下なのは分かっている。悪いようにはしない。あいつの為にも、俺に預けてくれ」