放たれた銃弾は全て標的の中心へと吸い込まれていった。
全ての弾倉を撃ち終わり、ゴーグルとイヤーマフを外したイザークは、僅かに痺れる掌を無言で見つめた。
「――ここに、いらしたんですね」
不意に柔らかな声が背中にかけられた。
振り返ると、射撃場の入り口でアーシェが曖昧な表情を浮かべて立っていた。
「探しました。良かった…今日中に隊長に会えて」
「もう、お前の“隊長”では無いがな」
その言葉は、発した本人が思っている以上に素っ気ない音となった。イザークは自分の大人気ない対応に情けなさを感じて、彼女から視線を逸らした。
「正式な配属は、明日からですから」
アーシェは困ったように笑う。
「本当に申し訳ありませんでした。相談もなく勝手なことをして」
深々と頭を下げたアーシェの声は震えていた。彼女の表情は見えないが、震える肩が彼女の心境を表していた。
イザークはそんな彼女を無言で見つめ、何か決心したように一度息を吐いた。
手にした銃に再度銃弾を込めると、彼女の前に「ほら」と突き出す。
「…え?」
「やってみろ」
出来るだろ? と顎で向こうの標的を指す。
アーシェは躊躇したが、彼の有無を言わさない目に圧倒されておずおずとそれを受け取り、射座に歩を進めた。
イザークの刺すような視線を背中に感じながら、アーシェは大きく深呼吸をした。
ゆっくり構え、標準を中心に合わせる。
アーシェが放ったそれは、先ほどイザークが着けた弾痕を追うように吸い込まれた。
「あの…」
全てを撃ち終わると、彼女は不安そうにイヤーマフを外して振り向いた。
「…やはり、優秀だな」
イザークはそれだけ言って、射座の後方にあるベンチに腰を下ろした。空いてる隣に目配せして「座れ」と促す。
彼の顔は怒っているような、何か考え込んでいる複雑な表情を浮かべていた。
いつものように大きな声で自分の無礼を叱責されるつもりで来たアーシェは、そんな彼の様子に戸惑っていた。




「――射撃1位」
しばらく続いた沈黙を破ったのは、イザークの方からだった。
「爆弾処理3位、モビルスーツ戦2位。総合成績は2位…俺の、士官学校での成績だ」
懐かしむように、ゆっくり穏やかに続けた。
「俺の代は歴代でも優秀だと評判でな、上位5人は当時エリートと言われた部隊にまとめて配属になった。実戦でもみんな優秀だった。まあ、俺が1番出来てたがな…」
「だが」と目を伏せる。
「他の部隊に配属になった奴らを含めても、いま生きてる同期の“赤”は3人だ」
それまで視線を落として聞いていたアーシェは、前に組んでた彼の両手にギュッと力が入ったのに気付いて顔を上げた。
視線を射座に向けたまま話す横顔は、哀しげだった。
「死んでいった奴らの能力が劣っていたわけではない。戦うことへの覚悟が足りなかったわけでもない。でも、死んだ。ほんの一瞬で、呆気なくな。あそこでは肩書きや想いの強さなんて関係なく、誰にでも死が平等に付き纏う。運良く逃れられたとしても、背負う十字架は大きい…」
途端、アイスブルーの瞳がアーシェに向いた。
「お前の意向は、既にジークから聞いている。それを止める権利は俺には無い」
「…ジュール隊長」
「そう、分かっているんだけどな。さっき、お前の顔をみた瞬間…俺は、咄嗟に引き止める言葉を言おうとしてた」
イザークは深く息を吐く。呆れたような、諦めような、重々しい音だった。
「お前にあいつらみたいに居なくなって欲しくないし、十字架を背負うことはさせたくない」
往生際が悪くてすまない。そう言った彼の切なげな表情に、アーシェは密かに拳を握りしめた。初めて見る顔だ。
そんな顔をされたら、せっかくここに来るまでに何度も練習した“別れの言葉”が言えなくなってしまうではないか…
「…私、たぶん隊長が思ってるような人間じゃないです」
胸に込み上げるものを必死に抑えて、アーシェは言葉を絞り出す。
「それでも…プラントを、みんなを守りたいという気持ちは本当です。ジュール隊をずっと見てきて、私もやらなきゃって。もう、皆さんの後ろ姿を見てるだけじゃ嫌なんです」
戦える力がある。忌々しいこの血でも、国の役には立てるのだ。
例えそれが世間から軽蔑されるやり方だったとしても。
「私一人が増えたところで何も変わらないかもしれない。それでも、出来る限りのことをしたいと思っています」
アーシェの決意を真正面で受け止めたイザークは、今日何度目かもわからないため息をついて肩を落とした。
「お前はほんと…控えめに見えて、実は頑固なところあるよな」
もう何を言っても変わらないんだろう? と、切り揃えられた銀髪をかきあげた。
「明日からパイロットだというなら、いつかお前に背中を任せて戦える日が来ることを楽しみにしていよう。だから…」

「死ぬなよ。アーシェ」

真っ直ぐ投げかけられた言葉が、アーシェの胸を打つ。
気を緩めたら直ぐにでも泣きそうだった。

――ああ、この人は本当に…

綺麗な人だ。
強くて、正直で、一点の曇りもない。
意思の強さが滲む彼の眼は、“優しいアーシェ・ヘインズ”の憧れだった。
彼と一緒に肩を並べて、彼が見据える先を共に見続けることが出来たなら、どれだけ幸せだっただろうか。
この感情が憧れ以上の何かだったと気付いた時には、もう遅い。
全てを取り戻した今、彼の隣に並ぶなどなんて烏滸がましい考えだろう。
本当の自分は、彼が言う“十字架”を重いと感じない、ただの兵器だ。
アーシェは立ち上がってイザークに頭を下げた。それから姿勢を正して、敬礼…
これで最後。彼が知る“アーシェ”は、今日ここに置いていくのだ。

「今まで、ありがとうございました。ジュール隊長」