#09

エアリス隊母艦“ディオニソス”。配属初日を迎えた新人パイロット、アーシェ・ヘインズは、スカートの裾を摘んで不満げに首を傾げた。
「…やっぱり、スラックスがよかった」
通路の先を行く白服の背中に向かって言う。
「ちょっと落ち着かないです」
アーシェが身に纏う軍服の色はエースパイロットの証である赤。通常のデザインより身丈の短いジャケットに、黒いプリーツスカートだった。
義勇軍であるザフトは軍服を独自品でアレンジすることが可能なため、こういったスタイルも最近の赤服パイロットの間では珍しくなかった。
それでも、今まで“緑”で過ごしてきたアーシェはどうも落ち着かなかった。スカートの中に履いているとはいえ、ニーソックスで覆いきれなかった素肌が空気に触れる感覚は心許ない。
「短くないですか?これ…」
ジュール隊長は苦手だろうな、こういうの…
規律に厳しい前の上官を思って、アーシェは内心苦笑した。
「それはうちの秘書官の趣味だ。許してやれ」
ジークが言う。
「意外…」
アーシェは軍服を手配してくれたエアリス隊付きの秘書官を思い浮かべた。
端正な顔立ちにしっかりまとめられた髪、スタイルの良さを際立たせるタイトスカートを着こなすクロエ・アルカデルトは、隙が微塵もない美女だった。
「人の洋服を選ぶのが好きでな、イルなんかはあいつのいい着せ替え人形になってる」
ジークが振り返って柔らかく笑う。
「取っ付きにくいように見えるが、あれでいて可愛いとこもあるんだ。仲良くしてやってくれ」
その顔に、アーシェは複雑な感情を覚える。
誰もが恐れる“餓狼”は、モビルスーツから降りればただの社交的な青年だ。
だが、アーシェはあの日遠退く意識の中で見た凍てつくような冷たい目を忘れられずにいる。
今日まで彼を観察してみて、悪い人ではないと思う。街で出会ったときも女性に対して随分と紳士的な印象だったし、このディオニソスのクルーからも絶大な信頼を寄せられているようだ。
悪い人ではない…だが、どうも掴みどころのない人だ。
アーシェは再び歩き出した彼の背中を眺めながら、新しい上官のもとで始まるパイロットとしての生活に期待と不安を感じていた。




「――ようやく揃ったな」
2人がレクルームに到着すると、そこには既に見知った面々が揃っていた。
ジークが中央に置かれた大きなソファに腰掛けると、後ろに彼の4人の部下達が並ぶ。
「今さら自己紹介ってのも変だがな…俺を含めこの5人がエアリス隊の主力だ」

グレイ・ワイアード。
イルミ・アーベル。
エルヴィン・ハルネス。
クロエ・アルカデルト。
そして、ジーク・エアリス。

アーシェは思わず息をのんだ。
この1週間演習で顔を合わせてきた面々だが、改めて目の前にすると圧倒された。個々の戦歴だけでもザフトでは有名で、全員“FAITH”に値する実力の持ち主だった。
「知っているだろうが、うちは議長直属の特殊部隊だ。特定の配備先が決まっているわけではないし、内容によっては個人で任務に就く場合もある。開戦でまた忙しくなってきたからな、こうして全員揃うのも今後は少ないだろう」
アーシェは自分の置かれた立場の重さに身が引き締まる思いがした。
「お前にも近々ついてもらう仕事は用意してある。あとは…ディオニソスについてはジュール隊と同じ型だから今更説明もないだろう。何か、お前から聞きたいことは?」
「聞きたいこと…」
「ああ、なんでも」
アーシェは思案するように首を傾げると、ひと呼吸おいて「それなら」と口を開いた。
「そろそろ、皆さんの事を教えて頂いてもいいですか?」
アーシェの瞳が真っ直ぐ彼等を見据える。
「皆さんが、本当は何者なのか」
「俺たちが?」
ジークは一瞬驚いたように眉を上げた。
「そちらはずいぶん前から私のことを調べていたのに、私はこれから一緒に戦う人達のことを何も知らないなんてフェアじゃない」
この1週間、彼等を相手に演習をして充分に分かった。
彼らが、ただ“能力が他より少し高いコーディネーター”だけでは済まされない存在であることを。ザフト内で実しやかに噂される彼等の逸話は、ただの都市伝説では無かったのだとアーシェは確信していた。