アーシェの鋭い眼差しに耐えかねたのか、冷静な表情を貼り付けていたジークが上機嫌に声をあげて笑った。
「…お前、ほんとに前と別人な」
「“控え目で優しいアーシェ”が、好みでした?」
ジークの乾いた笑い方が気に触ったアーシェは、皮肉を返す。
「生憎、あれは誰かに造られた“紛い者”なので」
その言葉に、グレイがキョトンとして口を開いた。
「いや、たぶんジークは今の方がタイプ…痛ッ」
すかさず隣にいたクロエが彼の足を思い切り踏み付ける。グレイは涙目でクロエに抗議の視線を送るが、彼女は無言の圧でグレイを黙らせた。
背後で繰り広げられるやり取りを、ジークは気にも止めなかった。
「そうだな、何から説明すべきか…」
長い脚を組み直してゆっくり口を開いた。
「俺らの噂は、知ってるだろ?」
「はい。エアリス隊は全員“戦闘用コーディネーター”だと」
戦闘に特化した遺伝子操作を施したコーディネーター。
彼等だけを集めて編成した特殊部隊がエアリス隊だというのは、ザフトの兵士の間では有名な話だ。
その真意は、彼等の戦果からみて本当だと信じる者もいるし、単に広報局による情報戦術の一環だという説もあり、ザフトの中でも意見が別れていた。
「短的に言うと、その話は事実だ」
自身も似た出自であるアーシェにとって、特段の驚きは無かった。
アーシェは黙って目の前のジークを見つめる。
彼の顔には余裕が滲んだままだ。
「“ヴァルハラ計画”って聞いたことあるか?」
「…いえ」
「今から20年以上前、ザフトの前身“黄道同盟”が発足したあたりに極秘裏に始まったプロジェクト。既に連合で製造されていた戦闘用コーディネーターに対抗した、プラント主導の戦闘用遺伝子操作の研究だ。俺達は、その数少ない成功体だ」
「戦闘用の遺伝子操作…」
「お前の場合は、あの“フリッグ”のめちゃくちゃな性能に適応出来るようプログラムされているだろ?」
アーシェは頷く。
「お前は“フリッグ”専用のパーツたが、俺らの場合はあらゆる戦闘を想定して作られているんだ。モビルスーツ、ナイフ、銃撃…人を殺す為の身体能力を強化し、逆にそれの支障になる機能は制御されてる」
「支障になる機能?」
「通常の人間なら持ってる死への恐怖心を、俺らの脳は“快楽”に感じるようになってる。おかげで最期まで怯むことなく敵に特攻していけるんだ。どんなにボロボロになっても、息絶えるまで“楽しい”って感情でいける。ある意味幸せな思考回路だよ。そんな異常な思考でも、プラント側にだけは牙を剥くようなことは本能的に出来ない。遺伝子がそうプログラムされてる」
いわば、プラントの忠実な番犬だ。
ジークは笑った。
「10歳になるまで研究所で身体のメンテナンスと戦闘訓練を受けて、そこで一定の基準をクリアした子どもが“ヴァルハラ製”として世に出される。そうは言っても、人体の限界値ギリギリの弄り方をしてるから成功体は極わずかでな…奇形も確率も多かったし、訓練が始まる年齢になるまでに身体が育たなかった者も多い。研究所を無事に出ても、幸せな思考回路を利用されて特攻作戦に駆り出された。そうして、今現在生き残ったのはここにいる5人だけだ」
「そんなやり方…国家主導でやるなんて」
「やっていたから隠したいんだ。結局軍用モビルスーツの開発が起動にのった今は、リスクを負ってまで素体に高い能力を求める必要は無くなった。メンデルのバイオハザードは、上層部にしてみれば好機だったろうよ。あとは、広報局の努力のおかげだな」
生命を軍用として創り出すなんて、悪魔の所業に思えた。そこまでして、守りたい国とはどれ程のものだろうか…
「お前が俺らと違うのは、“フリッグ”という芸術品のパーツとして相応しい美しさと品性まで求められて教育を受けていたってことだろうな。単純に強い素体が欲しければ、“ヴァルハラ製”を買ったほうが早い」
ジークの淡々とした口調で紡がれる言葉は、吐き気を覚えるほど邪悪な内容だった。
それでも、この場にいる者はアーシェを含めてみな表情を変えずに聞いていた。
ジークの後ろでエルヴィンが退屈そうに大きな欠伸をした。
「…長くなってしまったな」
ジークは笑って立ち上がると、エルヴィンの頭を撫でた。
「どうだ、怖くなったか?俺らのこと」
「いいえ」とアーシェは即座に首を振る。
最初のコーディネーター、ジョージ・グレンが公開した遺伝子操作技術によって、人間は生命を思い通りにデザインすることを覚えてしまった。
もっと良いものを、もっと優れたものを…
行き過ぎた探究心と好奇心で創り出された結果が、今この場にいる自分達だ。
「私も、同じですから」
その言葉に、一瞬黒い瞳の奥が哀しげに揺れた気がした。彼は穏やかな笑みを浮かべて、アーシェの前に手を差し出した。

「ようこそ、エアリス隊へ。」