#10

吐き出した煙がゆっくりと天井に吸い込まれていく様を、ジークはぼんやりと眺めていた。
ベッドサイドに置かれた灰皿に煙草を押し付けて、そのまま新たな箱に手を伸ばす。途端、その手は背後から抱きしめられるかたちで静止された。
「吸いすぎよ」
ブロンドのショートヘアの女が、ジークの背中に頬を寄せた。
「軍人さんは身体が資本でしょう?」
「そう簡単には壊れねーよ」
彼女は鈴を転がすような声で笑った。
「地球に降りたら、戻るのはいつ?」
「さあな、3ヶ月か…半年、もしかしたらそのまま死んでるかもな」
ジークは自分の腰に回された細腕に力が入ったのを感じながら、2本目の煙草を口に咥えた。
「…結婚、するのよ。私」
「…そうか」
「遺伝子の型が合う人でね、幸い家柄も良い。たぶん貴方が地球から帰って来る頃にはもう人妻よ」
火を着けて「おめでとう」と吐き出す。
ジークが彼女と知り合ったのは停戦後、プラントの資産家が集まるパーティだった。3つ年上だという彼女と関係を持ったのは、多くを語らずこちらにも多くを求めない彼女の性格が心地良かったからだ。
「普通の人よ。貴方に慣れてしまうと、普通過ぎてびっくりするくらい」
ジークは自嘲めいた笑みを浮かべた。
「もちろん人なんて殺したことないし、死にたがりでもない。とても優しくて、ちゃんと私を私として見てくれる人…」
「良かったな」
彼女はジークのうなじに唇を寄せて微笑む。
初めて出会った頃から、綺麗に笑う女だと思った。そんな彼女に、ジークは自分の身の上を話したことは無いし、彼女のことも深く知ろうとしてこなかった。肌を合わせることはあっても、一度も心を寄せたことが無かったのだ。
ただ互いの必要な時に、心の隙間を埋める為だけの割り切った関係。
その終わりを、彼女は静かに告げた。
「貴方も、貴方が私を通して見ていた誰か…はやく見つかるといいわね」




ブルーとグリーンのオッドアイは、眼下に広がる火の海を冷たく見下ろしていた。
空には大きな満月が浮かんでいる。その下に広がる大地は燃え盛る炎によって昼のように明るかった。
人口5,000にも満たない小さな田舎町を一望出来る小高い丘の上。そこに君臨するモビルスーツは、その純潔な白い姿にどす黒い殺意を宿した悪魔であった。
「んー…なんか、違うんだよなぁ」
フィーネ・ハゼットは、腑に落ちない様子で首を傾げた。
火の海と化したそこは、地球連合軍の基地建設に反発した住民と、周辺各地から集まった平和活動家によるデモが活発に行われていた。
平和を叫ぶデモはいつの間にか過激化していった。“暴徒の粛清”というのが今回のフィーネの任務だったが、無抵抗の町を焼き払うのはフィーネの好きな“戦争”とは違っていた。
生身の人間がモビルスーツに対抗出来るはずがない。抵抗しない人形を破壊したところで、少しも胸が踊らない。
せっかくの初陣だったフィーネの“パートナー”も、不満げなのが伝わってくる。
フィーネはモニターを撫でて「ごめんね」と謝罪する。
長いまつ毛が宝石のような瞳に影を落とした。
「そうね、退屈よね」
もうすぐネオ達と合流出来る。今ネオの部隊が追っているザフトの新型艦“ミネルバ”相手なら、この子の機嫌も治るかもしれない。
フィーネは一度大きく伸びをして、微笑んだ。
「帰ろう、アレウス。遅くなるとジブリールが心配するわ」
燃え盛る炎を横目に、真白い機体は夜空へ飛び立っていった。