「要は“裏切り者”だろ?それって」
パイロットロッカーからガラス越しに見える格納庫を眺めて、グレイが冷やかに言った。
ジークの“フェンリル”とアーシェの“フリッグ”、その隣には見慣れない真紅の機体が並ぶ。
ZGMF-X23S“セイバー”
突如再び現れたトップエリートパイロットの機体だった。
「しかも、父親があのパトリック・ザラ議長でいて脱走するんだから、大した度胸だな」
「そう言ってやるなよ。どんな事情があったのかなんて、俺らには分からないんだから」
ジークが黒いパイロットスーツに着替えながら言った。
「父親は強硬派、婚約者のラクス・クラインは穏健派。間に挟まれたのかと思うと、相当な苦労人だと察するがな」
「私も、悪い人には見えませんでしたよ。アスランさん」
ベンチに座っていたアーシェが言う。
アーシェは、自身の長い髪をクロエのされるがままにセットされている最中だった。
手鏡でその様子を確認しながら、悩ましげに呟いた。
「やっぱり、任務の前に切ればよかった」
「駄目よ。こんなに綺麗なのに、勿体無い」
クロエはそう言って器用にアーシェの淡いブルーの髪を編み込んで纏めていく。
「ヘルメット被るには邪魔じゃないですか。それに私、ショートヘアもわりとイケる気がします」
そう得意気に胸を張ると、グレイが真剣な顔付きで身を乗り出した。
「いーや、それだけはダメだ。お前はそのままで居てくれ。隊長の心の平穏の為にもな」
「…どういう意味です?それ」
アーシェは眉を寄せた。
「お前は知らなくていい」と、ジークが冷たく返す。
「グレイの言うことは真に受けなくていいわ」
クロエも咎めるような視線をグレイに向けて、アーシェの肩をポンッと叩く。
「さぁ、出来たわよ」
仕上がりを確認して、アーシェは感嘆の声をあげた。
「クロエさん、本当に器用ですね」
ヘアサロンでセットしたような仕上がりに女心が踊ったが、直ぐに「でも」と困ったように眉尻を下げた。
「私、これから任務なんですけど」
これで可愛らしいワンピースでも着ていれば良かったのだろうが、今のアーシェが身に纏うのはザフトのパイロットスーツ。
「あら、楽しい初陣じゃない。気合いいれて行きなさい」
クロエがブルーの目を細めて笑った。
第一印象は冷たい印象だったクロエも、一緒に過ごすうちに段々と打ち解けてきた。ジークが言っていたとおり彼女は他人を着飾らせるのが趣味らしく、新しく入った“着せ替え人形”に毎日楽しそうだった。
「ねー!イルも地球行きたーい!」
ジークの腕にしがみついてイルミが駄々を捏ねる。
「アーシェだけずるい!」
「イル、いま機体無いじゃん」
エルヴィンの一言で、イルミは頬を膨らませて押し黙った。
イルミのザクは、アーシェとの演習で破損してから修理中だ。アーシェは申し訳なさそうに、チラリとイルミの方に視線をやった。
「イル、悪いな」
ジークはイルミの柔らかい紫の髪を撫でた。
「次は一緒に行こう。その時はとびっきり楽しい仕事を用意してやる」
「ほんと?」
「ああ」
「僕は?」
「そうだな…イルとエルと俺、3人で行くか」
そう言って笑いかけると、2人は嬉しそうに顔を輝かせて大きく頷いた。
この光景だけみると、彼らは普通の人間だった。
アーシェはこの場にいる隊員達を見回した。
普通に笑って、拗ねて、それぞれしっかりした自我を持った一人の人間だ。
兵器なんかじゃない…
虚無感のような感情が胸に広がるのを感じながら、ガラスの向こうの銀色の機体を見つめた。