目を覚ますと、真っ白な部屋にひとりだった。
フィーネ・ハゼットはぼんやりとした意識のなか視線だけ動かして周囲を確認すると、此処が自分の“ホーム”であることに気が付いた。
気怠けに身体を起こした途端、両腕を何かに引っ張られた。痛むそこに視線を落とせば、自分の腕から細いチューブが伸びていた。
フィーネは淡々とした表情で点滴を外す。チューブの先の何かの薬剤はまだ途中だったが、フィーネは気にしなかった。
止血することなく立ち上がり、大きく伸びをする。
ずいぶんと長く寝ていたようだ。頭の奥に残る微かな痛みは、寝過ぎたせいか…
フィーネは壁にかけられた地球連合軍の軍服を手に取った。
プラントへの潜入任務から戻って、ネオに少し休みたいと伝えてからどれくらい経っただろう。
まだステラに「ただいま」を言えてなかった。
自分に駆け寄ってくるあどけない笑顔を思い浮かべると、フィーネの頬は自然と綻んだ。
「あれ…?」
ふと、着替えを進める手が止まる。
目の前の鏡に映る自分の姿に違和感覚えて首を傾げた。
首筋に赤い痕がひとつ。白い肌にはっきりと残るそれに、フィーネは覚えが無かった。
「んー、なにかに刺された…?肌荒れ?」
この宇宙空間に刺すような虫などいないだろうに。
フィーネは怪訝そうに眉を寄せる。
そもそも、今回の任務はどうやって遂行したんだったか?
思い出そうとしても、記憶にノイズが混じって思い出せない。
ザフトの最新の戦力情報を持ち帰る事が、フィーネに与えられた任務だった。
ネオに見送られながらシャトルに乗って、プラントに向かった。
時には民間人として市街地を、またある時には連合側の内通者の手を借りてザフト兵として軍施設を…憎きコーディネーターが住むコロニーを駆け回る日々は、楽ではなかった。
アーモリーワンでの情報収集を終えて向かった先は、ディセンベルの軍本部…

――そこで私は何を得た?
そこで、誰に会った?

記憶を深く探ろうとすると痛みがジワジワと広がっていった。果てなく広がりそうな不快感に、フィーネはすぐに考えることを諦めた。
まぁ、いっか。
とりあえず、与えられた任務は遂げたのだ。その結果さえあればいい。
この不調は、コーディネーターばかりの環境に居てストレスがかかったせいだろう。
フィーネの脳は時おりこういった不具合が起きる。それは過度なストレスへの防衛機能だと、以前フィーネの飼い主は教えてくれた。
『お前は欠陥品だから、不完全な身体を守るためには必要なんだよ』
フィーネの飼い主、ロード・ジブリールはそう言って優しくフィーネを撫でた。
彼は怒らせると怖いが、いつも身体のことを心配してくれている。
地球に居る優しい飼い主に想いを馳せて、フィーネはあることを思い出した。
そういえば、彼がこの仕事が無事に終わったら褒美があると言っていた。
フィーネはその“褒美”がなんなのか見当がついていた。きっと、以前テストさせてもらった新しいモビルスーツだ。
いま新しい機体を与えてくれるということは、“そういうこと”なのだろう。
これから始まる新しい仕事を思うと楽しみで仕方がない。
はやく宇宙での仕事を終わらせて、地球に戻ろう。
無意識のうちに、フィーネは鼻歌を歌っていた。地球で最近流行っているバンドのバラード曲だ。
優しいメロディのなか、彼女が思い浮かべるのは熱線が飛び交う激しい戦場だった。


「――なんだ、起きてたのか」
背後のドアが開く音がして、フィーネは振り返る。
「…ネオ」
ネオは部屋に入ってすぐ、ベッドの上に放り投げられた点滴に気付いて、やれやれと息をついた。
「点滴、勝手に外したら叱られるぞ。フィーネ」
フィーネははにかむように首を傾げた。
「おはよう」
自分に笑いかける少女を前に、ネオは悩ましい感情を覚えていた。
細められた瞳は宝石のように美しい。顔にかかる薄水色の髪を耳にかけて微笑む仕草は、どこか妖艶にも思えた。
まだ10代の少女。彼女が“本来居るべき場所”では大人として扱われる年だとはいえ、この少女は男の邪な感情を刺激するなにかを持っていた。
自分は上官で彼女は部下、なにより自分の絶対的な上司からの“預かりもの”なのだと、厳しく自身を律しなければこの少女が放つ蠱惑的な雰囲気にのみ込まれてしまうだろう。
「ねぇ、ネオ」
最低な父親から付けられた名前も、彼女の澄みとおった声で呼ばれると悪くないもののように思える。
「今日は何日かしら?」
「10月2日。ちなみに、もうとっくに“おはよう”の時間は過ぎてる」
「そう、2日か…」
フィーネはベッド端に座ってブーツを履きはじめた。太もも丈の黒いそれは、彼女の白い肌を際立たせる。
随分といい趣味をしているな。ネオは胸のうちで皮肉を吐いた。もちろんフィーネに対してではない。彼女の全てを管理する男に対してだ。
ネオの複雑な感情など知る由もなく、フィーネは上機嫌な様子だった。
「今日は、良い1日になりそうね。ネオ」