穏やかな風に吹かれて、墓標に手向けた花束が揺れた。
――アルフォンス・ヘインズ
――ナタリー・ヘインズ
アーシェ・ヘインズは、刻まれた名前を指でなぞって記憶の中の両親に笑いかけた。
「…本当に行かれるのですか?」
もう何度目かも分からない問を、アーシェの背後に控えていた中年の女が投げかける。
「休暇、短すぎやしませんか?」
両親との思い出に浸っていたアーシェは、そのヒステリックな声にうんざりしたようにため息をついた。
ゆっくりと立ち上がり、モスグリーンの軍服のスカートに付いた芝生を払う。
「戦争中でもないのに、何がそんなにお忙しいのですか」
「色々ありますよ。民間人の貴女には詳しく言えないけれど…完全に終戦したわけでないし、戦争だけがザフトの仕事ではないわ」
「それでも、母親の命日にたった数時間しかお休みを頂けないなんて!」
「明日は軍の式典があるから、どこも警戒体制で忙しいのよ。こうして来られただけでも感謝しています」
アーシェは日を改めて行けばいいと考えていたが、規律と礼儀を重んじる上官がそれを良しとしなかったのだ。
はやく戻って仕事に戻らなければと、アーシェは後ろで喚くアニタに目もくれず墓地の片隅に止めたエレカへと歩き出す。
「やはりカレッジに戻られてはいかがですか?」
後ろにぴったりと着いたアニタが言う。
「カレッジのお勉強だって、今後プラントの役に立つものです。なにもザフトに入らなくたって…」
昔からアニタは自分に対して過保護ではあったが、年々度を増しているような気がする。
自分はもう17歳。15歳で成人と見なされるプラントでは、もう立派な大人の女性だ。
そんなことを考えて、アーシェは唇を一層固く結んだ。以前うっかり言い返してしまい、縁談の話に飛躍してしまったことがあるのだ。それからは、この手の反論は絶対にしないと決めている。
「お嬢様にその軍服は似合いません!」
「アニタ」
ピタリと足を止めて振り返る。
アーシェの長い髪がふわりと舞い、アニタの視界に空が広がった。
「私はもう“お嬢様”ではないし、貴方もヘインズの使用人ではないのよ」
父アルフォンス・ヘインズがテロに巻き込まれて死亡し、その後を追うように母は失意のうち亡くなった。
名家といわれたヘインズ家は、まだ幼い少女には大き過ぎた。アーシェが一介の学生としての生活を送れるだけの遺産は残ったが、使用人には皆辞めてもらった。
それももう5年前の話である。
それでも、乳母であるアニタだけはアーシェのそばを離れなかった。
そういえば、独身の彼女は現在はどうやって生計を立てているのだろう?暇なのかと呆れるほどに、彼女はいつも何かにつけて世話を焼きたがる。
「それに、お母様は私の好きなように生きていいと仰ったわ」
「信じた道で自由に生きろ」と、母の最期の言葉だ。
可哀想なお母様。あんなに愛していたお父様を理不尽なかたちで奪われて、お父様が居ない世界に耐えきれなくなってしまった…
両親のような悲劇を繰り返さないために、アーシェはザフトに志願したのだ。アニタが反対したところで聞く気はさらさら無かった。
「恐らく…奥様がいちばん望まなかった道ですわ」
アニタは悲しげに目を伏せた。
それでもアーシェは心配性の彼女のいつもの小言だと気に留めなかった。
「大丈夫よ」
小高い丘から望むプラントの湖が、光を反射してキラキラと光る。この景色がアーシェは好きだった。
プラント育ちのアーシェは本物の自然を知らない。湖よりずっと広大だという地球の海も、いつかこの目で見てみたいものだとぼんやりと考える。
「アニタ。次のお休みは、湖畔のカフェでランチもいいわね」
「お嬢様!」
再び歩き出したアーシェを、アニタは慌てて追いかけた。