「いいな、みんな…」
ステラがしゅんと肩を落として言った。
「ステラだけ、おるすばん」
「だって、お前のガイア飛べねぇし、泳げねぇし」
「しょうがねぇじゃん」と、アウルが突き放す。
ステラはさらにしゅんとする。
海であるここでは、“ガイア”は目的地までたどり着けないのだ。
そんなステラに、スティングはポンと彼女の頭に手を乗せて優しく言う。
「海でも見ながらいい子で待ってな。好きなんだろ?」
「…うん」
でも、ステラは“戦争”も好きだ。
みんなが戦争するのに、自分だけ行けないのは寂しい。
そう言おうと口を開きかけたが、後ろからネオが言った。
「ゴメンな。ステラ、今日だけは我慢な」
ステラは黙って小さく頷いた。
大好きなネオに言われたら引き下がるしかなかった。
ネオは優しく笑ってステラの頭を撫でた。
「うん。いい子だ」
いい子。その言葉でステラは笑顔になる。
ステラはネオの笑顔が好きだった。いつもその笑顔で誉めてくれるから。
幼い頃に居た場所にはそんな大人は居なかった。
どんなに成果をあげても出来て当たりだと、大人たちは冷めた目で自分達を観察していたから。
「行ってらっしゃい」と抱き着くと、ネオはまた優しくステラの頭を撫でてくれた。
「スティングは優しいね」
キャットウォークを並んで歩くフィーネが言った。
「ステラのお兄ちゃんみたい」
そう笑った彼女に、スティングは照れくさそうにそっぽを向いた。
「フィーネの方が甘いだろ」
「そう?」
「そうさ」
フィーネはクスクスと、口元に手を添えて笑った。
その仕草を、スティングは綺麗だと思った。
横目で見下ろした彼女の顔は、白い肌に桃色の唇。神秘的なオッドアイの瞳の上に長いまつ毛がかかっていた。
丹精に作り込まれた人形のようなその容貌も、やはり“デザイン”されたものなのだろう。
コーディネーターというものはよく出来ている…
これで身体能力も高いとくれば、ナチュラルが彼らに脅威を感じるのも無理は無い。
スティングは、ぼんやりと考える。
それでも、彼女はよく自身のことを「欠陥品」だと自嘲していた。
彼女のレベルで欠陥品の烙印を押されるのならば、コーディネーターの生きる世界は大変だ。
「昔、自分もそうしてもらったから、ステラにはつい甘くなるのね」
「誰に?」
その問いに、フィーネがキョトンとしてスティングを見上げた。
「…誰だろ」
「ジブリールかな」と、曖昧に言って首を傾げた。
ロード・ジブリール。フィーネの雇い主の名だ。
スティングはその男のことを好きになれなかった。
自分の方が“戦争”は強いのに、いつも偉そうで無茶な命令ばかり押し付ける。それなのに、何故かフィーネが懐いているのも気に食わない。
今回だって、しばらくフィーネはジブリールに呼び出されて別行動をしていた。
ここに居ればいいのに…
「なぁ、フィーネ」
“アレウス”のコックピットに乗り込もうとしていたフィーネを呼び止める。
彼女の瞳に自分が映る。真っ直ぐ向けられたそれに、スティングは一度戸惑ったように頭をかいた。
「大丈夫か?」
「なにが?」
フィーネは目を丸くした。
スティングは気まずそうな表情で「いや…」と口ごもる。
「…なんか、今日は雰囲気が違う」
「そう?いつも通りだよ」
フィーネは小さく肩をすくめて見せた。
「何?その顔、変なの」
“アレウス”のコックピットハッチが閉まるのを複雑な表情で見届けて、スティングも“カオス”に乗り込んだ。
「瞳孔、開いてんぞ」
ひとり呟いて、大きくため息をついた。
そんなこと、直接彼女に指摘出来るはずなかった。
スティングを見つめる澄んだ緑と青の奥に、鈍く光るものがあった。
カオスのOSを立ち上げながら、あの光の名前を考える。
あれは、きっと…狂気だ。