――ザフト軍、ナスカ級戦艦ボルテール。
格納庫に続く扉の自動開閉センサーが反応する場所より手前で、アーシェはピタリと足を止めた。
しばらく閉ざされた扉をジッと見つめ、やがて大きく深呼吸をする。
それがアーシェの、格納庫に入るときの儀式だった。
意を決して1歩踏み出して開いた扉の先には、モビルスーツが悠然と立ち並んでいた。
アーシェはこの光景が、モビルスーツという兵器が苦手だった。
秘書官とはいえそれでよく軍属でいられるものだと、緊張で忙しなく動く自身の心臓を嘆いた。
理由は分からないが、目の前に並ぶこの巨大な力を見ると、得体の知れない感覚が湧き上がって身体が震えるのだ。
それでも彼女は、士官学校時代はパイロット候補生として訓練を受けて来た。成績は優秀、エリートパイロットの証である赤服を期待される存在だった。
卒業を目前にして、倒れるまでは…
「期待していたんだがな」と肩を落とした教官の声を、アーシェは今でもはっきりと覚えている。
「――ヘインズ!」
よく通る声が格納庫に響いた。
声がした方向、格納庫のいちばん奥にある“スラッシュザクファントム”から、白い軍服が降りてくるのが見えた。
「ジュール隊長」
探していた人物を見つけて、アーシェは駆け出した。
「戻ったか」
「はい。お忙しいところ、ありがとうございました」
「充分な時間を与えられなくて悪かったな」
「いいえ。おかげで母が好きだった花を手向けられました」
「なら良かった」と上官はその端正な顔を綻ばせた。
アイスブルーの瞳を見つめて、アーシェも微笑む。彼の眼をちゃんと見れるようになったのは、つい最近のことだ。
配属されたばかりの頃はまともに顔を見れなかった。
澄んだアイスブルーは全てを見透かされるようで、何も後ろめたいことがなくても身が強張るものだった。
――イザーク・ジュール
目の前の上官は前大戦で輝かしい戦果をあげ、ヤキン・ドゥーエの英雄として名高い。
彼の下で働けることが、アーシェは誇らしかった。
「ヘインズがここに現れるのは珍しいな、なにか急ぎの用だったか?」
「いえ、戻ったことを早く報告に上がりたくて」
「そんなこと…律儀だな、お前は」
イザークは切り揃えられたシルバーブロンドをかきあげた。その髪形も、彼の実直な性格を表しているようだなとアーシェは思う。
――いや、今はそんな呑気なことを考えている場合ではない…
アーシェは意識が関係のないところへ向いていることにハッとして、慌てて頭を振った。
「それと…あの…」
気まずそうに視線を泳がせる。
「隊長に…謝らなければ、と…」
ここからが、アーシェが隊長室でイザークの戻りを待っていられず苦手な格納庫まで来た理由なのである。
「謝る?」
イザークが不審の眉を寄せた。
「…何をだ?」
アーシェは数時間前、アニタとの別れ際のやり取りを思い出して憂鬱になる。
「アニタから…私の家の元使用人から聞きました。エザリア様が、その…」
“エザリア”
その名を口にした途端、イザークの表情が固まる。
それで彼は全てを理解したようで、大きなため息を着いて頭を抱えた。
「母か…」
イザークの母エザリア・ジュールは、前大戦中プラント最高評議会議員を努めた聡明な女性だ。
国の為に奔走し多忙な日々を送っていた彼女は、議員を辞めた最近は仕事一筋の息子の結婚に気を揉んでいるそうだ。事あるごとに縁談を持ち掛けてはイザークを悩ませていた。
ジュール隊付き秘書官として、彼の近くに居たアーシェは時おり隊長室で彼が小言を漏らすのを聞いていた。
そんなエザリアと、アーシェに婚約者を見繕ってあわよくばザフトから抜けさせようと画策するアニタが、何の縁か分からないが出会ってしまったらしい。
「…実は俺も、その話は聞いていた」
「本当に申し訳ありません。アニタは少し暴走するところがありまして…」
「いや、俺も黙っていてすまなかった」
基地に戻る間際、アニタからジュール家との縁談を打診されてアーシェは驚愕した。
まさか自分の上司にそんな話をするなんて! と、アーシェはアニタをキツく叱った。それでも彼女は悪びれもなく「この上なくいいお話です!」と誇らしげにしていた。
「母の“季節病”だ。しばらくすれば熱は下がる。忘れてくれ」
「…はい」
「…お互いに、苦労するな」
「…はい」
2人は顔を見合わせると、再び重い息を吐いた。