ああ、やっぱり痛い…
フィーネは浅い息を繰り返しながら、目の前の敵機を睨んだ。
黒いモビルスーツは、どんなに向かっても攻撃を軽々とかわしてくる。それでいて、こちらには決定的なトドメを刺してこない。
まるで遊ばれているような感覚を覚えて不快だった。
やはり直感というものは当たるらしい。
「やっぱり、嫌いなタイプ」
この機体のパイロットは絶対に性格が悪い。
コーディネーター特有の傲慢な態度。自分達の能力を過信して、能力を持たない者を見下し嘲るような振る舞い。
フィーネは顔を歪めた。
頭の中を支配する痛み。いつもチリチリとくすぶっていたそれは、今日だけは目眩を覚えるほど激しかった。
これがあの薬の副作用だろうか? それにしては効果の持続時間が短すぎる。
一筋縄ではいかない敵を前にして楽しいはずなのに、この痛みがフィーネの邪魔をしていた。
《――フィーネ!》
体勢整えて再度、黒い機体に標準を合わせた時だった。突如繋がれた回線に、“アレウス”の動きが止まった。
知らない声が自分の名を呼ぶ。
その通信は、友軍ではなく目の前の黒い機体“フェンリル”から。
モニターに映ったザフト兵の黒い瞳に射抜かれて、フィーネの心臓が大きく跳ねた。
彼はまた名を呼ぶ。
《フィーネ、お前…》
フィーネの顔を見て、彼は少し驚いたように目を見開いた。
知らない顔だ。
《お前、何だ。その顔…》
「…誰?」
キッと睨みつけて、最大限の不快感を顕にしてみせた。
激しくなる痛み。
呼吸が上手く出来ない。
もう、少しでも気を抜いたら意識が落ちそうだった。
ここで落ちたら下は海…
霞む視界に危機感を覚えたフィーネは、視界の隅に捉えた緑の友軍機に回線を繋ぐと、最後の力を振り絞って叫んだ。
「…スティング!」
彼なら気付いてくれるだろう。
赤いのとの戦闘で、“スイッチ”が入って無ければいいけど…
フィーネはそんなことを考えながら、張り詰めた意識を手放した。
突如操縦者を失った“アレウス”が真っ逆さまに海へ落ちていく。
海面に打ち付けられる間際で、“カオス”がそれを受け止めた。
“カオス”は“アレウス”を抱えたまま“フェンリル”にビームを数発放つと、急いで戦線を離脱した。



いつの間にか、シンの周りの“ウィンダム”は数機までに減っていた。
アーシェの加勢もあり戦況はこちらが有利。正直、シンは彼女がここまで出来るとは思っていなかった。
背中を預けて戦うのにこんなに安心出来る程のパイロットだったとは予想外だ。
だが、目の前の指揮官機の“ウィンダム”だけは他より遥かに高い技量をみせつけて、シン達を苦しめていた。
「コイツさえ墜とせばッ…!」
前方に陸地が見えてくる。いつの間にか近づいていたようだ。
シンの後方に迫ってきた“ウィンダム”を、アーシェの
“フリッグ”が撃ち墜とす。
残りは指揮官機だけ…
指揮官機は海面すれすれまで降下して、陸地へと逃げていく。
それをシンも追うが、“インパルス”の放つビームは全て交わされ無情にも海へ吸い込まれていった。
「くそッ!」
その時、コックピットに警告音が鳴り響く。
海岸に黒い獣型モビルスーツ、“ガイア”の姿を確認した瞬間には、もうシンは海へと突き落とされていた。
《シン!》
“インパルス”を押し倒す形となった“ガイア”に向けて、“フリッグ”がビームを放つ。
“ガイア”はそれを交わし、水しぶきが高く上がった。
体制をたて直した“ガイア”は今度は対象を“フリッグ”に変え、形態を二足歩行のモビルスーツへと変形させる。
ビームサーベルを抜くと、“フリッグ”へ飛びかかった。
アーシェもそれに応戦し、銀と黒の機体は激しく斬り結ぶ。
互いに引かない互角のその戦闘に加勢しようと、シンが“インパルス”のブースターを上げようとしたときだった。
モニターの片隅で、シンは生い茂るジャングルの中にアスファルトでならされた地面があることに気付く。
シンは眼を疑った。
造りかけの滑走路と格納庫。
深いジャングルの中に隠れるように、それはあった。
「基地?こんな所に…?!」
ここはカーペンタリア基地の目と鼻の先。こんな所に地球軍が基地を造ろうとしていることを、ザフトはザフトは気付かなかったのだろうか?
シンは戸惑いながら辺りを見回す。
建設現場を囲むように張り巡らされたフェンスの周りに、人垣が出来ていた。よく見ると、全員軍服を着ていない。民間人だ。
女、子供がフェンスの反対側に向かって何かを必死に叫んでいる。
反対側にはやはり民間人であろう男たちの姿。男たちは皆この混乱に乗じてフェンスを越えようとしていた。
「まさか…民間人を!?」
頭に浮かんだこの状況の答えにシンが驚愕したと同時に、フェンスを越えようとしていた男たちの何人かが突然倒れた。
シンは凍りつく。
音は聞こえなかったが、何が起こったのかは理解出来た。
男たちの動きに気付いた基地の兵士が、彼らに銃口を向けていた。