#14
絹を裂くような絶叫に、ネオは顔を歪めた。
「やはり、難しいか…」
暴れるフィーネの身体を、数人の研究員が押さえ込んでいた。
抑制帯によってベッドに縫い付けられた彼女の手足に、男達は慣れた手付きで様々な計器や点滴を取り付けていく。
彼女の身体を苦しめているのは隊長である自分だ。
上からの命令とはいえ、心が傷んだ。
「彼女は、生体CPUとは違いますから。幼い頃から“メンテナンス”されているならまだしも、今からどうこうしようというのは簡単ではないですよ」
ネオの隣に居た研究員が冷静に答えた。
「随分と強い記憶のようですね。前回の“メンテナンス”から、何度か記憶が戻りかけた形跡があります」
「それ程、フィーネにとって忘れたくない何かなんだろうな」
ロード・ジブリールは、その記憶を恐れている。
ネオは彼女の“メンテナンス”を命令されてから、そう感じていた。
コーディネーターであるフィーネは、ステラ達の様に後付の身体強化を必要としていなかった。過去に何度か記憶操作を受けたデータは残っていたが、ネオの部隊で預かるようになってからは一度もそれを行ったことがない。
そんな彼女に研究員を付けるよう命令を受けたのは、フィーネのプラント潜入任務が決まった時の事。
突然自らガーティ・ルーにやって来たジブリールは、「戻ったらプラントでの記憶は全て消しておけ」と険しい表情で言った。
ジブリールはフィーネに私兵以上の執着を持っている。今回彼女に薬の服用を命じたのも、その為だろう。
「本当は、フィーネに“不完全”なところなんて無いのにな…」
ネオはずっと彼女に嘘をついてきた。
なんと狡い大人だろうか…。。
その嘘を疑わず自分に信頼を寄せる彼女を目の前にして、何度も罪悪感に襲われた。
「エクステンデッドも戦闘用コーディネーターも、彼女たちには余計な感情は無い方が良いと思いますよ」
計器を操作しながら、研究員が言った。
「人間的な感情は、戦闘中のバグに繋がりますから」
兵器に感情は邪魔なだけ。
彼女たちに求められているのは指示された敵を倒し、その性能を発揮することだけだ。
研究員は事務的に言う。
もう言い慣れた台詞のように。
もしかしたら、彼らもネオと同じ想いを経験してきたのだろう。そしてそれをもう割り切るようにしているのかもしれない。
「生きていくためにはこれしかない、か…」
ネオはため息をついた。
研究員は「ええ」と頷く。
ガラスの向こうのフィーネは、ようやく薬が効いたらしい。叫び声は止み、激しく暴れていた身体はぐったりとベッドに横たわる。
その痛々しい姿にネオは背を向けたくなる気持ちを堪え、真っ直ぐ彼女を見据えた。自分がしていることを、しっかりと見届けて背負っていくのだと決めていた。
ネオは、今日の戦闘に思いを馳せる。
今日の結果は悔しいものだった。数ではこちらが圧倒的に有利だが、技量においてはやはりコーディネーターの能力を認めざるを得ない結果となってしまった。
あそこまで戦力を固めてこられたら、フィーネ達の為にも次はもっと綿密に作戦を考えなければならない。
「そういえば」と、ネオはふと思い出す。
頭に浮かんだ黒いモビルスーツ。
「“漆黒の餓狼”も、戦闘用コーディネーターだったか」
昔、プラントが軍事利用の為にモビルスーツ開発と並行して遺伝子操作を研究していると噂があった。その産物のひとつが、“餓狼”だと。
その事実は、連合側にいるネオには確かめようがないことだ。先の大戦での圧倒的な彼の姿に恐れをなした兵士が作った与太話かもしれない。
ただ、ネオは何か引っかかるものを感じて首を傾げる。
敵の撤退を許さず、最後の1機まで破壊する。その姿を、誰かが「飢えた狼」に例えた。
そんな彼が、何故今日はフィーネの撤退をやすやすと許したのだろうか…
無機質な部屋に心電図の音だけが響く。
オッドアイの大きな瞳は、ガラスを隔てた向こう側で眺める大人達に向けられていた。向いているだけで、光を失った瞳は何も認識していない。
白い頬に一筋の涙が伝う。
彼女の唇が微かに動いた。
「…ジ…ク」
小さく掠れたその声は、白い壁に吸い込まれて誰の耳にも届くことは無かった。