#15

薄暗い廊下を走る小さな影が2つ。
電球色の明かりが足元に疎らに灯るだけのそこを、少年は息を切らして走っていた。
少年の髪は暗闇に紛れるような漆黒。髪色と同じ瞳を数歩後ろの少女に向けて、「急げ」と声をかけた。
少年に手を引かれた少女は水色の髪を揺らして必死に少年に着いていく。左右の色が異なる瞳から大粒の涙が溢れていた。頬にベッタリと付いた血が、伝う涙で筋になった。
2人とも齢10にも満たないような子供だった。
だが、少年の目は子供とは思えないほど鋭く、真っ直ぐ前を見据えていた。
ふと、廊下の途中で明かりが途切れる場所があった。
2人は立ち止まり、その先の真っ暗な空間を見つめた。
「俺は…ここまでしか行けない」
少年が苦しそうに言った。少女は彼の腕に縋って「いやだ」と首を横に振る。
「いいか、チビ助。よく聞けよ」
少年は少女の肩を力強く掴んで、泣きじゃくる彼女を見つめた。
「この先にG.A.R.M. R&Dの青いシャトルがある。地球への“素体”輸送用だ。その中の2番の格納庫に潜り込め。潜入任務の勉強は、こないだやったばかりだから、大丈夫だな?」
少女は肩を震わせるだけで、何も言わない。
「ちゃんとこっち見ろ、チビ助! いいか? 2番だぞ。じゃなきゃ移動中に酸欠で死ぬぞ」
「青いシャトル…2番…」
「そう。お前の左目と同じ色だ」
分かるな? と念押しすると、少女は小さく頷いた。
少年は黒い瞳を優しく細めた。
着ていたシャツを脱いで少女の頬に付いている血を粗雑に拭ってやる。繋いでいた手も赤く染まっていた。
「お前は、俺と違ってどこでも行けるから。大丈夫だよ」
そう言うと、少女を優しく抱き締めた。
「地球はここよりずっとずっと広いんだ。大人達は誰も追ってこれないさ」
「…もう、怖いこと…しない?」
「うん。もう誰もお前にあんなことしない」
「…また、会える?」
「ああ!絶対会える。俺も、もうすぐ“品評会”だ。ここを出たら必ずお前のこと見つけてやるからな。お前の眼は目立つから、どこに居たって直ぐに分かる」
その言葉に、少女は唇をキツく結んで涙を拭った。未だしゃくり上げそうになるのを必死に堪えて、無理やり笑顔をつくって見せた。
少年は「ほら」と、少女の背中を押す。
少女は自分が進む暗闇を見て、一度怖じ気ついたように振り向いた。
「大丈夫。大丈夫だから、な?」
怖くないよ。少年は彼女を真っ直ぐ見つめて言い聞かせる。
彼女もそれに大きく頷いて答えた。それから
意を決したように一気に駆け出した。
水色が闇に吸い込まれて見えなくなるまではあっという間だった。
少女を見送ってからも、少年はしばらくその場に佇立していた。黒い瞳には薄っすらと涙が滲む。
「…大丈夫」
少年はこれまで何度も少女に言い聞かせてきた言葉を呟いた。
臆病で泣き虫な少女を安心させるための言葉…今は、自分自身を奮い立たせるための言葉だ。

「――ちゃんと、俺が…迎えに行く」