深く息を吸うと、硝煙の臭いが鼻を刺した。
アーシェは標的の中央に空いた穴をジッと見つめてイヤーマフを外す。
痺れが残る手をぶらぶらと振りながら射座の後方のベンチに腰掛けて、また息をつく。
「アーシェ」
振り返ると、レイが居た。
彼は肩まで伸ばしたプラチナブランドの髪を靡かせてアーシェに歩み寄る。
「相変わらず、良い腕をしている」
アーシェが打った標的を眺めて言った。
「レイには敵わないよ」
士官学校時代、アーシェの射撃の成績は2位。1位はレイだ。
涼やかな横顔に懐かしさを覚えて、アーシェは微笑んだ。
「良かった。やっとレイと話せた」
「俺と?」
「少しだけ、不安だった。避けられてるのかと思って」
カーペンタリアで合流してから、レイとは一度挨拶したくらいでそれからゆっくり話す機会が無かった。
最初ぶっきら棒な対応だったシンとは先日の戦闘を共にしてから少しずつ打ち解けてきたが、レイとはなかなか話せず、ずっと気がかりだった。
真面目な彼のことだから何か自分に思うことがあるのかもしれないと、避けられているように感じていたのだ。
「ごめんね、急にこんな形で現れて」
アーシェが眉尻を下げる。
レイはそんな彼女を見下ろして、小さくため息をついた。
「アーシェを避けていたわけじゃないんだ。ただ、お前の側にいつもあの人が居るから…」
「エアリス隊長?」
レイは黙って頷くと、アーシェの隣に腰を下ろした。
「確かに近寄りがたいかもしれないけど、本当はそんなに悪い人じゃないよ」
まさか、レイまで彼を怖いと思っていたのだろうか。
冷静な彼からは想像出来ず、アーシェは目を丸くした。
その言葉を、レイは直ぐに「いや」と否定した。
「怖いとかそんなんじゃない。“嫌い”なだけだ。昔から」
「昔から?知り合いなの?」
「色々あってな…」
レイは濁すように言った。
彼の雰囲気に、アーシェはこれ以上踏み込まない方がいい気がして、「そう」とだけ返した。
様子をみて、あとで隊長に聞いてみようと思った。
多分同じように濁されるだけな気がする、とアーシェは諦めのような感情を覚えた。
今隣に座るレイと同様に、アーシェの上官は自分のことを多くは語らなかった。唯一、流暢に語った身の上話といえば、転属した際に語った“ヴァルハラ”のことくらいだ。
こちらのことは細かく調べていたくせに、意地が悪い…
そう心の中で悪態をついて、レイの表情を伺う。
昔から彼の整った顔はいつも冷静で、感情が読めなかった。だが、アーシェは彼が感情を表に出すことが苦手なだけで、本当は優しいことを知っている。
士官学校時代、何かと教官に楯突いて揉めていたシンを、彼はいつも冷静に諭していた。その淡々とした口調から冷たい印象を持たれがちだが、本当は面倒見が良いのだ。
ぼんやりと懐かしい記憶に想いを馳せていると、不意に彼がこちらを向いた。
「アーシェ」
その真剣な表情に、アーシェは身構える。
「ジーク・エアリスには、気を付けた方がいい」
「…え?」
その声色に、全体に冷たいものが走る感覚がした。
「何言って…」
「お前は、あの人の半分も知らない」




アーシェが退出した射撃場。独り、銃を構えるレイの視線は冷たかった。
放った銃弾は、先にアーシェが付けた弾痕に上書きするように全て中心を撃ち抜いた。
レイはその弾痕を射るように見る。
頭に浮かべたのは、漆黒の瞳。不敵に細められたそれは、宇宙の最果てを思わせた。
ジークの部屋を出る間際、レイは彼にひとつの問を投げかけていた。


「今後、フリッグとアレウスが戦う日は必ず来る。その時、貴方はどちらに生き残って欲しいと思っているんですか?」
その質問に、彼は一度大きく瞬きをした。
そして、「意地が悪い質問だな」と苦笑して頭をかいた。
少しの間考え込んで、フッと息を吐く。
「アーシェ・ヘインズは俺の大事な部下だ。そうならないよう、努力する」
「答えになっていませんが」
鋭く睨みつけると、黒い瞳が不敵に笑った。
昔からこの眼が嫌いだ。レイは唇を引き結ぶ。
全てを飲む込むような闇。飄々とした黒いそれが見据える世界は、恐らく自分達とは違う。
「上手く使えば害はない」と、レイの“大好きな人”は言った。上手く扱えなかった時。その時は誰がその代償を払うのか。
本当に、忠実な番犬というものは存在するのか…
「努力はするが、な…」
目の前の男の凍てつくような冷笑に、思わず息をのんだ。

「後にも先にも…俺が、俺の手で生かしたいと思った女は一人だけだ」