#16
スカンジナビア、深い海の底。
白い戦艦はひっそりとその姿を岩影に隠していた。
《このデモによる死傷者は――…》
《プラント最高評議会議長ギルバート・デュランダルは、この声明に対し――…》
ブリッジのマルチモニターに映る世界各国のニュースが、混乱する世界情勢を伝えていた。
「まったく、毎日毎日…気の滅入るニュースばかりだねぇ」
艦長席に座る男はコーヒーを口にして、大きな傷を残したその顔にうんざりしたような表情を浮かべた。
「もっと気分の明るくなるようなニュースは無いもんかね」
「“水族館でイルカの赤ちゃんが産まれた”とか、そんな話?」
側に居た栗色の髪の女性、マリュー・ラミアスが茶化すように言った。
男、アンドリュー・バルトフェルドは苦笑する。
「いや、そこまでとは言わんが……」
オーブの『アスハ代表首長拉致事件』のあと、伝説の戦艦“アークエンジェル”はスカンジナビア王国に身を潜めていた。
かつて中立国であったスカンジナビアもオーブ同様に今は連合の同盟国となってしまったが、もともとオーブ首長家と関係の深かった王家は彼らに手を差し伸べて匿ってくれたのだ。
「でも、プラントの方は楽しそうですわよ」
それまで静かにモニターを見つめていた少女が口を開く。
画面を切り換えれば、そこには派手なコンサートの様子が映し出される。
《勇敢なるザフト軍兵士のみなさぁーん!》
どうやら軍の慰問ライヴのようだ。
ピンク色の長い髪を揺らして、少女が大勢の観客の声援を受け楽しそうに歌っている。
その容姿は今このブリッジに居る彼女、ラクス・クラインと瓜二つだった。
《平和のため、わたくし達も頑張りまーす!皆さんもお気をつけてぇ!》
ラクスと同じ容姿、同じ声。
しかし、物腰柔らかな本人のイメージとはかけ離れたテンションの高いそれに、ブリッジに居たクルー全員が顔を顰めた。
皆、横目でラクスの顔色を窺う。彼女は無言でそのモニターを見つめていた。
「皆さん、元気で楽しそう。いいですわね」
ラクスはにっこりと笑った。
しかし、その声は冷やかなものだった。一番近くで彼女の静かな怒りを感じ取った管制官は顔を引きつらせた。
「何とかしなきゃいけないんだけどねぇ。今の状況では下手に動けないしな」
バルトフェルドは肩をすくめた。
「だが、いつまでもこうして潜ってるわけにはいかないだろう?」
金髪の少女が言った。
「オーブのことだって…私は…」
オーブ国家元首、カガリ・ユラ・アスハは自分が離れた国の状態を思って悩んでいた。
齢18にして地球随一の技術力を誇るとされるオーブを背負う少女は、焦りを必死に押し殺したように、目に涙を浮かべた。
「カガリ」
そんな彼女の肩を、側に居た少年が優しく抱いた。
「でも、今はまだ動けない。まだ何も分からないんだ」
この世界がどこに向かおうとしているのか…
穏やかな、だがきっぱりと言ったその言葉にカガリは不安そうに彼を見た。
キラ・ヤマトは、バルトフェルドと顔を見合わせる。
「ユニウスセブンの落下後の地球軍のやり方は目に余る。プラントの対応の方が真摯だがな…」
バルトフェルドは言葉を濁す。
マリューも「ええ」と考え込みながら相槌をうった。
「“そこだけ”聞けば、悪い人ではないわね。デュランダル議長も」
「実際、良い指導者だと思う」
カガリが複雑な表情で言った。
「いや、思っていた。“オーブでみんなが見たこと”と、この偽のラクスのことを知るまでは…」
カガリは、「行ってくる」と口付けを交して旅立った恋人を思い浮かべる。
「アスランもそう思ったからこそ、プラントへ行くと言い出したんだし…」
「じゃあ、誰がラクスを殺そうとした?」
キラがキツい口調で言った。
カガリの結婚騒動の前、キラ達はコーディネーターの部隊の襲撃にあっている。
オーブと連合が同盟を結ぶ動きがあると知り、コーディネーターであるキラ達はプラントへ移ろうかという話が上がっていた頃の事だった。彼らの標的は、ラクスだった。
ラクスの暗殺未遂、そしてプラントでそのカリスマ性を活かしてデュランダの支持を謳う、偽のラクス・クライン…
それらを結び付けて浮かび上がる疑惑に、キラ達は困惑していた。
「僕には信じられない。そのデュランダルって人は…」
鋭くモニターを睨む。
「皆を騙してる」
「いったい、議長は何を考えているのか…」
実際に会ったことがあるカガリには未だに信じられなかった。柔和な笑みで自分に平和への理想を語っていた彼が、本当にラクスを殺そうとしたのだろうか…
「アスランが戻れば何か分かるかも知れないのに…どこで、何をやってるのかな。あいつ…」
カガリは左の薬指にはめられた指輪を見つめ、未だ音沙汰が無い贈り主を想った。