歓喜に沸く群衆の雄叫びが響く中、アスランは“セイバー”から降り立った。
ヘルメットを取ると大きく息をつく。乾いた風が藍色の髪を揺らした。
先に降りていたジークとアーシェに労いの言葉をかけて、目の前に広がる光景を見据えた。
カスピ海の南に位置する都市、“ガルナハン”。
ペルシャ湾に面するザフト軍のマハムール基地と、ミネルバが目指すジブラルタル基地との間に位置するその街は、地球軍の拠点となっていた。
今日、アスラン達ミネルバの部隊は、本来の任務“スエズ攻略”に係わって、ガルナハンに建設された陽電子砲“ローエングリン”破壊作戦を実行した。
破壊作戦の成功によって、連合による支配から解放された街の住民たちが勝利の雄叫びを上げている。
その様子を眺めながら。アスランは複雑な感情を抱いていた。
作戦に協力してくれた地元レジスタンスの少女が、民衆に担ぎ上げられている。その少女の笑顔に、アスランは達成感を感じていた。
だが…
一方で、街の広場では住民に引きずり出された連合の兵士たちが一列に並ばされているのが見えた。住民から銃口を向けられ、ひとりずつ処刑されていく。
銃声とともに、隣に居たアーシェの肩が小さく跳ねたのをアスランは見逃さなかった。顔を顰めて口元を覆った両手が小さく震えていた。
そういえば、彼女はまだ新人だったか…
アスランは彼女に何か声をかけなければと、口を開きかけた。しかし、それより先に彼女の上官が「目を逸らすな」とキツく言い放つ。
「お祭り騒ぎより、“あっち”をよく見とけ。アーシェ」
ジークは、抑揚のない声で言った。
「これが、戦争だ」
軍属でないただの街の住民が、一片の迷いもなく人を殺している。彼らは今まで同じことを連合側からやられてきたのだ。その報復が、今行われている。
モビルスーツに乗っているだけでは、見えてこない景色だった。モビルスーツでは、剣が肉を裂く感触も、銃を撃った時の振動も、街を焼く熱さえ感じない。
自分達が日々、討っているのも人間だ…
戦争で人間を相手にしている以上、あの連合の兵士の姿は他人事ではないのだ。あれは明日の自分かも知れない。
アーシェは黙ってジークの顔を見て、決意したように頷く。
再び広場に視線を戻した時には、彼女の瞳にはもう動揺の色は消えていた。
一見儚い印象の少女の、その切り替えの速さにアスランは目を見張った。
これが、エアリス隊か…
ジークの言葉に、アスランは自分のなかに沸いた感情まで叱責された気がして自嘲した。
これが戦争。
勝って歓喜するものがいれば、負けて辛酸を舐めるものがいる。それがこの世界の単純な図式だ。
軍に入って戦うということはこういうことだと、ずっと分かってきたはずなのにな…
「さあ、ミネルバに戻るか。“ザラ隊長”」
ジークがアスランの肩を軽く叩いた。
「え。あの、その呼び方は…」
アスランは困惑の表情でジークを見る。
彼は快く笑ってみせた。
「今回の作戦を指揮したのはお前だろ。見事だったよ。いい加減、俺に遠慮するのはやめてくれ」
そう言って“フェンリル”に戻ろうとする彼の後ろ姿を、アスランは慌てて追いかけた。
指揮したといっても、今回の作戦は彼らエアリス隊2人の力がなければ成り立たなかっただろう。
ここ、“ガルナハン”はマハムール基地所属の部隊が過去かなりの出血を強いられ作戦失敗に終わっていた難関だった。
例によって数で応戦してくる連合のモビルスーツ隊をジーク達が殲滅してくれたおかげで、アスランは連合の特殊なモビルアーマーが討つことが出来た。
作戦を振り返りながら、アスランは今日の1番の功労者であろうパイロットを思い出した。出撃前のミーティングでも相変わらず反抗的な態度で向かってきた、黒髪の少年だ。
「よくやった」と、ジークのように堂々と指揮官らしい言葉をかけられたらいいのだが…
なかなか心を開いてくれない自身の部下に想いを馳せて、アスランは苦笑した。
「よくやった、シン。君のおかげだ」
自身の上官の言葉に、シンは胸が熱くなった。
「…そんなことないですよ」
あの、アスラン・ザラに認められた…
体中に喜びが広がるのを感じながらも、それを悟られないように顔をそらして素っ気なく返す。
「でも、酷いじゃないですか!あんな作戦、俺にやらせるなんて」
「死ぬかと思った」と、作戦の核を任されたシンはアスランに詰め寄る。
「そうか?でもやりきったじゃないか、お前は」
アスランは柔らかな笑みを浮かべた。
「お前なら出来ると思った。出撃前にもそう言ったぞ」
「そうですけど…」
なるべく心境が伝わらないようにと、言い返そうとする声色にもやはり嬉しさが滲み出てしまう。
シンは達成感を胸いっぱいに感じながら、「お疲れ様」と格納庫を後にするアスランの背中を見送った。