「ディオキア…綺麗な所ですね」
部屋のモニターに映る艦外の景色に、アーシェはため息混じりに呟いた。
ディオキア基地に辿り着いたミネルバは、ここで補給を受けるらしい。
慣れない環境ということも重なり疲れが溜まっていたところだ。少しは休めるだろうか…
アーシェはモニターを見つめて考えた。
そんな彼女を察してか、報告書を眺めていたジークが口を開く。
「今回はゆっくり出来るらしいぞ」
「良かったな」と顔を上げないまま言った彼を、アーシェは複雑な気持ちで見つめた。
レイに言われた言葉が、ずっと引っかかる。

『ジーク・エアリスには、気を付けた方がいい』

彼の半分も知らない、とはどういうことだろう?
確かに彼から彼自身の話を聞いたことはない。
「なんだ?さっきからジロジロと…」
視線に気付いた彼が、不審そうに顔をあげた。
「いえ、なんとなく…」
「なんとなくって何だよ」
「…隊長って、誕生日いつです?」
「はぁ?」
アーシェは丁度いいと、近くのベッドに腰掛けた。
「おい、そこ俺のベッド…」
「だって、ここソファ無いですし」
辺りを見回して、アーシェは頬を膨らませる。
急遽増員されたジークとアスランは、指揮官クラスであっても相部屋だった。
ディオニソスの隊長室であれば応接用のソファが置いてあるものだが、ここではデスク以外で腰を降ろせる場所はベッドくらいだ。
「流石に上官じゃないザラ隊長のベッドには座れないですから」
「なら、一生立ってろ。そもそも上官のベッドに座るな」
「ちょっとゆっくりお話させてください。ここに来てから、戦争の話しかしてないじゃないですか」
いたずらっぽく笑ってみせる。
「戦争、好きだろ」
「嫌いじゃないですけど、今の興味は隊長です」
彼は諦めたように大きなため息をついた。
「お前…その二面性、どうにかしろよ」
記憶を失っていた期間で形成された、“優しいお嬢様”のアーシェ・ヘインズ。
フリッグのパーツとしての“好戦的な兵器”のアーシェ・ヘインズ。
無意識に切り替えているようだが、彼女が同期の友人達に見せる姿は前者、同類であるジークに見せる姿は後者だ。
「レイに言われたんです」
「レイ?」
その名にジークの眉が動いた。
「私は、エアリス隊長のことを知らないって」
あいつ、余計なことを…
ジークは、自分を鋭く睨んだ冷たい青を思い浮かべて顔を顰めた。
「守ってくれる人が多くて羨ましいな、お前は…」
報告書をデスクに置いて、彼女に向き直った。
その言葉の意味が分からず、アーシェは首を傾げる。
無自覚に人を惹き付け庇護欲をかきたてるのは、“芸術品”としての才能だろうか。本当によく造ったものだと、ジークは“彼女達”の製作者に感心する。
「だから、この際だから聞いておこうかと思って。隊長のこと」
「C.E54−4月19日生まれ。戸籍上は、オクトーベル市出身。本職は貿易会社経営」
彼は淡々と応える。また面倒くさそうに首に手を当てていた。
「父親はヴァン・エアリス、母親はリリー・エアリス。どちらも既に故人だ。父は“エンデュミオン攻防戦”で戦死。母は…もともとコーディネーターとしては失敗作でな、生まれつき身体が弱くて、俺が15の時に死んだ」
「ご趣味は?」
「戦争」
「好きな食べ物」
「特にない。動けるだけの栄養があればいい」
面白みに欠ける返しに、アーシェは不満を覚えた。
あとは? と、ジークはうんざりしたようにアーシェを睨む。
「レイとは、どういうご関係ですか?」
「議長とレイが親しいのは知ってるだろ?その繋がりだよ」
それで何であそこまで嫌われるのだろうか。
感情を表に出さないレイが、あんなにはっきりと他人を「嫌い」と評価するのは珍しい。
アーシェは次の質問を考えて、悩ましげに首を捻った。
「あのな…アーシェ。これ、多分レイが言ってる“知らない”とは関係ないと思うぞ」
「時間の無駄だ」と、彼は肩を大きく竦めてみせた。
「隊長、恋人は?」
その問いに、ジークは目を丸くする。
「いない」
アーシェは少し考え込んで、不意に頭を過ぎった名前を呟いた。

「…フィーネ」

一瞬だけ、ジークの瞳に動揺が見えた。アーシェは真っ直ぐ彼を見つめる。
「隊長、初めて会った時に私を見て言ってましたよね?知り合いに似てたって」
“ゴンドワナ”で出会った時、「フィーネ」と自分の腕を掴んだ彼の眼差しは、愛おしいものを見るときのそれだった。これまで行動を共にしてきたが、あの眼を見せたのはあの時一度だけだ。彼が可愛がっているイルミとエルヴィンにでさえ、あの目は向けない。
彼にとって“フィーネ”が知り合い以上の存在であることは、容易に想像できた。恐らく、先日の香水の一件もそれだろう。

「フィーネさんは、隊長の“大切な人”なんじゃないですか?」