#17
割れんばかりの拍手と歓声に、タリアは思わずポカンと口を開けた。
「あなた方は運がいい」
先ほど終えた寄港の手続きで係員が言った言葉の意味をようやく理解して、上空を仰ぎ見る。
ピンクにカラーリングされた派手な“ザク”に抱えられて、空から少女が舞い降りてくる。
長いピンクの髪を靡かせて観衆に手を振る少女は、プラントの歌姫、ラクス・クラインだ。
軽快な音楽と共に彼女が歌いだせば、歓喜の声が轟いた。
呆気に取られていたタリアはしばらくして、“ザク”より後方で基地に降りたオレンジのモビルスーツとヘリコプターに気付く。
オレンジ色のその機体は最近ロールアウトされたばかりの新型機だ。その新型機から赤服の兵士が降りて来る。兵士は、遅れてヘリコプターから降りた細身の男に恭しく敬礼した。
長い黒髪を靡かせた長身の男…
遠くで眺めるタリアでも、その男が何者なのかすぐに分かった。
「予定より早いご到着だな」
隣に居たジークが呟いた。
タリアは彼を睨む。
「…知っていたの?」
その問いに彼は柔らかく笑った。
「ええ。一応フェイスの身ですから」
知っていたなら何故言わない…それに、今は自分だって“FAITH”だ。
そんな彼女の心を読んでか、ジークが言った。
「貴女に議長のことをわざわざお伝えするのは、差し出がましいかと思って」
その言葉にタリアはムッとして、デュランダルの方へと視線を戻す。
ジークが言いたいのは軍でまことしやかに語られている噂の事だ。
『タリア・グラディスは色仕掛けで艦長職を手に入れた』
そう陰口を叩かれたとしても、彼女は自分がその役職を担うだけの実力を持っていると信じている。気にしてはいないが、こうも面と向かって言われるとやはり気分のいいものではない。
「そう、フェイスだというならちゃんと胸にその証を付けなさい。じゃないと、あなたの立場を忘れてキツく当たってしまいそうだわ」
タリアは吐き捨てた。
そんな2人の間に流れる重い空気にも気付かずに、タリアの後ろでは副長のアーサーが他の観衆に交じって歌姫の歌に合わせて楽しそうに体を揺らしていた。
タリアとジークはチラリと彼に視線をやって、再び遠くのデュランダルを眺める。
この時、奇しくも2人の考えていることは同じであった。
――この男、悩みなんて無いんだろうな
呆れたようにため息をついて、スティングは運転席へと戻る。
「楽しそうじゃん。ザフト」
後部座席に座っていたアウルが、フェンスの向こうのお祭り騒ぎを眺めながら言った。
ディオキア基地にミネルバが入港したという情報を得て来て見れば、自分たちの敵は歌姫に夢中で戦争どころではないらしい。
自分がいま乗っているのがこんな小さな車ではなく“カオス”だったなら、あの平和ぼけした連中の頭上にビームの一つでも打ちこんでいるだろうに。
そんなことを考えながら、スティングはアクセルを踏み込んだ。
目の前に広がる海に、助手席のステラは嬉しそうに声を上げて笑っている。
「で?結局まだあの艦追うの?」
段々と遠ざかって行く基地を背にアウルが言う。
「そうだろうな」
「ふーん…」
スティングが冷たく返すと、アウルは不満そうに頬を膨らませた。
「なーんで、みんなあんな艦に執着するんだか…」
ミネルバだって今までやってきた敵と同じ。ただ自分が討つ敵で、それに“特別”は無い。みんな平等に殺すだけなのだ。
変にひとつに執着するなんて暑苦しいし、カッコ悪い。アウルはそう思っているのだが、ネオやスティングは違うらしい。
特にスティングは、フィーネの調子が悪くなってからは今までよりずっとあの艦に執着しているように見えた。
アウルは無言で運転するスティングの後ろ姿を見つめた。バックミラー越しに見えるスティングの表情は険しい。
フィーネの“メンテナンス”がなかなか終わらないことで、スティングは苛々していた。
スティングはフィーネの事が好きだ。
ステラもアウル自身もフィーネが好きだが、きっとスティングの“好き”は自分たちのそれとは違う。
自分の髪よりずっと濃い青の海を眺めながら、アウルは呟いた。
「フィーネも、一緒に見れたら良かったのにな」
あんな窓のない部屋にずっと縛られていたら、気がおかしくなってしまう。
帰ったらディオキアの景色がどんなものだったか、教えてあげよう。きっとフィーネは笑って喜んでくれるはずだ。