「ロゴス…?」
聞きなれない単語に、ミネルバのパイロット達は皆目の前に立つ男へと視線を向けた。
ディオキアのザフト軍保養施設。
ギルバート・デュランダルはミネルバのパイロット達を呼び寄せて、戦闘続きだった若い兵を激励した。
これまでのミネルバの活躍を柔和な笑みで称賛してからしばらくして、彼が話題にしたのがこの戦争の裏にある世界の闇であった。
「議長、それは…」
タリアがデュランダルの発言をたしなめる。
それでもデュランダルは瞳を伏せ、辛辣な表情で話を続けた。
「そう、人類の歴史には、常に“産業”として戦争を捉えそれを作ってきた者たちがいるのだよ」
「そんな…!」
驚愕したシンが、思わず声を上げた。
「そんな理由で戦うなんて…」
多くの命を犠牲にすることで利益を得るビジネス。
そんな考え、普通の神経を持った者なら到底理解出来ないことだ。
「死の商人ロゴス…ブルーコスモスの背後には間違いなく彼らがいるだろう。彼らに踊らされている限り、地球とプラントの戦いは終わらない。世界に真の平和は訪れない」
デュランダルは深く息を吐いた。
「それを何とかしたいのだがね…。それが何より難しいのだよ…本当に」
あまりに理解を超えた話に、その場に居た誰もが口を閉ざしていた。
だが、何故かアーシェだけはすんなりと議長の話を受け入れていた。
お父様も“ロゴス”と同類だ…
自分の私欲の為に生命を軽視する金持ちというのは世界中にいるのだなと、何処か他人事のようにぼんやりと考えた。
ふと、自分の本体である“彼女”が言いそうな台詞が頭を過ぎった。
じゃあ、それを全部潰せばいいのか…
あまりに単純過ぎる思考回路に自分でも呆れてしまう。
政治的な面からみたら、議長が言う通り何より難しいことは理解していた。
だが、アーシェが戦争を終わらせる為に出来ることはモビルスーツに乗ることしかない。
戦争を終わらせたいと願ってパイロットに戻ったのだ。やらなければならない…
アーシェは隣に座るシンを横目で盗み見る。膝の上でわなわなと拳を震わせ、微かに涙を浮かべた紅い瞳は怒りで揺れていた。
彼も想いは一緒なはずだ。
なのに…
同じ想いで、同じ場所で戦っているはずなのに、何処か疎外感のようなものを感じるのは何故だろう。
アーシェは胸に広がった言いようのない感情の理由を探して、窓の外に広がる海に視線をやった。
「そりゃそうさ」と、目の前の上官は声をあげて笑った。
「俺達は、その闇から産まれた子ども。平和を願う英雄たちが討つべき兵器だからさ」
高級ホテルのような豪華な装飾の廊下。窓から差し込んだ夕陽によって、目の前の白服はオレンジに染まっていた。
アーシェはその背中を眺めながら、先程の感情の答え合わせが出来て何だかすっきりした気分だった。
「シンやアスランは紛れもなく“正義のヒーロー”だ。俺達はダーティな役回りだからな」
ジークの言う通りだと思った。
シン達ミネルバの部隊は、“ガルナハン”のように連合の暴虐から地球の人々を救う英雄だった。その噂はどんどんひとり歩きしているようで、このディオキアに入港した時も、ミネルバに向ける周囲のザフト兵の目は羨望のような感情が込められていた。
ミネルバが勝ち続けることで、地球の人々のプラントのイメージは高まっていく。
そんな彼らのイメージに、戦争に“快楽”を感じる獣の存在は汚点だ。
「同じ場所に居るようで、求められているものは全く違うんだ。俺達はただ本能のままに敵を殺す。賞賛はミネルバが受ける。お前が感じた疎外感はそれだろうよ」
その淡々とした口調に、アーシェは眉を寄せた。
「お前、ガルナハンで何機堕とした?」
「何機って…20は超えてるはずです。途中から数えてませんけど…」
「たった数時間で20人以上殺してんだ。しかも楽しかっただろ?これが戦争じゃなかったら、ただの猟奇的殺人者だよ」
殺人者。分かっていたつもりだったが、はっきり言われるとやはり胸が微かに痛む。
「だが、ここでは討った分だけ功績となる。俺達には天職だ」
エアリス隊はずっとこういう図式の中で生きてきたのか…
「隊長は…みんなは、それでいいんですか?」
「ああ。それが俺達の役割だからな」
アーシェは何も言えなくなった。
背中を向けたままの彼の表情は分からない。だが、その口調は何処か寂しそうに聞こえた。
彼はそのまま「悪いな」と謝罪した。
「何が?」
「ヘインズの理想は、戦場で人々を救って魅了する“女神”だったのにな。俺と出会ったばっかりに、どちらかというと今は“死神”だ」
「何を今更」とアーシェは息を吐いた。
「父の理想なんて知りませんよ。それに、“死神”は言い過ぎです。私、天使みたいだってアニタに言われて育ちましたんで」
そう言い返すと、ジークは立ち止まって振り返る。いつものように、その整った顔に自信と余裕を浮かべて。
自分にきっかけをくれたのは目の前の彼だが、ここで生きると決めたのは自分自身だ。勝手に憐れに思われては困る。
「頼もしいな」と、再び歩き出した彼の背中を追いながら、アーシェの胸に一抹の不安が過ぎった。
もし、デュランダル議長の言う“真の平和”が訪れたとき、世界の闇から産まれた子どもの自分達は、どこへ行くのだろう…