自分の向かいの席に乱暴に腰を下ろしたルナマリアに、アーシェは目を丸くした。
彼女が持ってきたトレイには朝食とは思えないほどの量の料理が乗っている。アーシェは、焼き立てだと厨房スタッフに勧められたクロワッサンを頬張りながら、明らかに不機嫌な彼女の様子を覗った。
しばらくして、口を開いたのはアーシェの隣に座っていたシンだった。
「朝から何かあった?」
ふたりの顔を交互に見て言う。
アーシェは肩をすくめてみせた。
昨日は議長の厚意でこの宿泊施設に泊めて貰った。一般の上等なホテルにも引けを取らない施設に泊まれるとなって、ルナマリアも上機嫌だったというのに。士官学校から同じ部屋で寝起きしてきたが、彼女は寝起きが悪いというわけでも無い。
一体何が彼女の機嫌を損ねてしまったのか。その疑問は、遅れてダイニングに入ってきた青年によって解決された。
「──でね、昨日のコンサートでぇ…」
愛らしい声と共にダイニングに現れたアスランに、ルナマリアの表情が強張る。
婚約者と腕を組んだアスランは、テーブルに座るアーシェ達を見つけると困ったような笑みを見せて手を上げた。
「おはようございます。隊長。ラクス様」
「ああ…おはよう」
「おはようございます」
アスランの婚約者、ラクス・クラインはにっこりと微笑んだ。その隣の彼の表情はどこか疲れているようにも見える。せっかく上質なホテルのベッドだったのに、ゆっくり休めなかったのだろうか。
「“ミネルバ”のクルーのみなさんですよね?昨日もお会いした…」
彼の腕に腕を絡めたまま、ラクスが言う。
「はい。ザラ隊長にはお世話になってます」
「これからも彼のこと宜しくお願いしますね」
近くで見ると本当に愛らしい人だとアーシェは思う。
国民から愛される歌姫を婚約者に出来るなど、プラントの男なら誰もが羨ましがる名誉であろう。だというのに、いま目の前に居るアスランの目が笑っていないように見えるのは気のせいだろうか。
「わたくしもみなさんと朝食をご一緒してもよろしいですか?」
その言葉に、ルナマリアの表情がさらに強張ったのをアーシェは見逃さなかった。
ルナマリアとメイリンの姉妹が、“英雄”と言われるアスランに対して興味をもっていることは知っていた。
今朝の彼女の機嫌が悪いのはやはりこれが原因だろう。
「え、ええ…ラクス様とご一緒出来るなんて光栄です」
「良かった!ねぇ、アスラン?」
「ミ…いや、ラクス…!」
声を弾ませるラクスに対し、アスランが慌てた様子で彼女を諫める。
こんな彼の表情を見るのも珍しい。婚約者の前でだけ見せる表情、仕事で見せる表情、きっと彼にも色んな一面があるんだろう。
そう呑気に二人の様子を見ていると、少し離れた所に居た彼女の付き人がそっと彼女に近づいた。
「あの、ラクス様…申し訳ありませんが、今日の打ち合わせがありますのであちらで…」
「ええー」
ラクスは口を尖らせる。
「お願いします」
食い下がる付き人に、ラクスは残念そうにアスランに絡めていた腕を解いた。
「仕方ありませんわね…」
「また後で」とにっこりとアスランに向かって微笑むと、ラクスはピンク色の長い髪を揺らして足早にダイニングを後にした。
婚約者を見送るアスランの背後で、ルナマリアが言った。
「ほんと、仲がよろしいんですね」
その言葉に含まれた棘に気付かないのは、このダイニングではシンだけであった。