基地の一角に一機のヘリコプターが停まっていた。
開かれたハッチの前には複数の人影があった。
真ん中に居るのはアスラン・ザラと彼の婚約者。
そして、アスランの少し後ろで二人を見守る白服の青年…黒い短髪にすらりと高いその背丈は、離れたこの保養所の窓から見ても目立っていた。
本当に色んなところに顔が利く人だ。アーシェは自身の上官の背中を眺めながら思う。
特殊部隊の隊長だからか、それとも彼の家柄からか、議会や軍上層部にも彼は繋がりがあるようで、彼の交友関係にはいつも驚かされる。白服だからといって、ここまで国のVIPと交流がある人も少ないだろう。
「あら、もうお帰りになるの?ラクス様」
廊下に出てきたルナマリアが眉を上げた。
「どうせなら、隊長も護衛として一緒に付いて行って差し上げればいいのにね」
刺々しくそう言い放ってロビーの方へと歩き出す。その後ろをアーシェは苦笑しながら追った。
「ルナ、まだ怒ってるの?」
「別に」
今朝、ルナマリアはアスランを朝食に誘おうと彼の部屋を訪れたらしい。
彼女なりに彼に少しでも近付こうとしての事だったらしいが、部屋から出てきたのは部屋の主では無くネグリジェ姿の彼の婚約者。呆気にとられた彼女の視界に入ってきたお目当ての人物は、部屋の奥でまだ服を半分しか着て居なかったというのだから、話を聞いたアーシェは思わず笑ってしまいそうになった。
「そりゃあ、婚約者だから当然ですけどね!」
「でも素敵なことよ?婚約発表されてからもう随分経って、その間にあの二人も色々あったのにああして今でも仲が良いんだから」
ルナマリアがむくれて振り向いた。
「分かってる!そんなこと、私だって分かってるわよ!」
そう憤然としてルナマリアは足早に立ち去ってしまった。
こうなった彼女に何を言っても無駄だ。こうなるのは初めてではないから、アーシェはよく分かっていた。
そういう恋に対して一生懸命なところは女の子らしくて可愛いなと、アーシェは少しだけ彼女を羨ましく思っていた。
足を止めて再び外へと視線をやると、ラクスの腕がアスランの首に周りその顔がアスランのと重なった。後ろからでもそれが何かは理解が出来て、アーシェは頬を赤く染めて目を逸らす。
ルナが早く立ち去ってくれて良かった…
ひとり勝手に気苦労を溜めてアーシェは憂鬱な息を吐いた。
「――いい加減にしろ。“ミーア”」
周囲には聞こえない声で、アスランはうんざりしたように吐き捨てた。
顔を近づけた目の前の少女はきょとんとして、「なんで?」と小首を傾げる。
アスランは彼女の身体を引き離し、半ば強引にヘリへと連れて行く。
「さ、遅れます」
不満げに見上げる彼女を余所に彼女を付き人へ押しつけ、無理やり笑顔を作って敬礼をした。
「では、また。どうぞお気をつけて。“ラクス”」
未だ何か言いたそうに頬を膨らませていた彼女は、それに対し“ラクス・クラインらしい”優雅な動作で手を振ってみせる。
「ええ、アスランもどうかお気をつけて。皆様も、ご武運をお祈りしておりますわ」
飛び立っていくヘリを周りの兵士も敬礼で見送った。遠ざかるヘリを見上げながら、アスランはやっと終わったと安堵のため息を漏らした。
ラクス・クラインを“演じる”ミーア・キャンベルがやってきたこの2日は、どの戦闘よりも神経をすり減らすものだった。
ゆっくり休めと、ホテルを手配してくれた議長の厚意は、アスランにとっては無駄な仕事が増えただけだ。
アスランがミーアに出会ったのは、オーブの特使としてデュランダルと会見した日だった。
連邦による核攻撃のニュースに動揺するプラント国民に対して平和を訴える“ラクス・クライン”の姿を前にして、アスランは驚愕した。
本物ラクス・クラインは、今はオーブで静かに暮らしている。ラクスの贋者をつくって何がしたいのかと、デュランダルに厳しく詰めよれば、彼は沈鬱な表情で「申し訳ない」と言った。
『情けないと自分でも思う。だが、今の世界には彼女が必要なんだ』
渋々納得したものの、やはり周囲を騙しているという罪悪感は拭えない。それに、いまオーブを飛び出して行方を暗ましてしまった本物のラクス自身は、この事をどう感じているのだろうか。
一度ラクスやキラ、“アークエンジェル”のクルー達にちゃんと会って話さなければならない。
自分を信じて送り出してくれたカガリにも…
ぼんやりと空を眺めながら、アスランは友と愛する人に思いを馳せた。