「たまに、思うんです。これでいいのか、と…」
ミーアを乗せたヘリコプターが遠くの空へと消え、見送りのために集まった将校たちは解散した。
その場に残るのがジークだけになったのを確認して、アスランはポツリと呟いた。
今プラントで国民に平和を謳っているのが紛い物だという事を知っている数少ない人物の前だからこそ、アスランは胸に渦巻く不安や憤りを漏らすことが出来た。
「いえ…たまにというか、ここに来てからはいつもなんですけど」
ガシガシと頭を掻いて苦笑する。
「どうしても、どこか引っかかるんです…」
ラクスを演じるミーアのこと。
オーブに残してきたカガリのこと。
かつての戦友たちのこと。
ふとしたときに言いようのない虚無感に苛まれた。
「議長の考えは世界の理想だと思います。ただ、やはりラクスの事に関しては、どうしても納得が出来ない」
「国民を騙してることか?」
「本当にラクス・クラインをつくる必要があったのか、と」
容姿、声こそ同じだが、やはり中身は違う。
それでも平和を願う気持ちは同じだと、ミーアは言った。こうすることで、自分も役に立つなら嬉しいと。
役に立ちたいと。
その思いはアスランも同じだ。それでも…
「他に方法はいくらだってあるはずなのに」
「それは、流石に俺にも分かんねぇや」
ジークは大きく欠伸をして歩き出す。
「軍事的なことは教えて貰っても、政治とかそういったことは一介の兵士なんかには教えてくれねぇよ。あの人は」
「…そう、ですよね」
アスランは残念そうに肩を落とす。彼ならば何か納得のいく答えを出してくれるのではないか、と淡い期待があったのだ。
彼の黒い瞳はいつもどこか遠くを見ていて、何でも見透かしているようだった。飄々とした態度だが、肝心な時には周囲がハッとするような事の本質を突いてくる。そして有言実行の圧倒的な実力…
アスランは行動を共にするようになってまだ日が浅いというのに、ジークに信頼を寄せるようになっていた。
「なあ、素朴な疑問なんだが…」
自分の前を歩いていたジークが突然振り返った。
「本物とあの子、お前から見てどこまで同じなんだ?」
「え?」
「外見は同じでも、中身は違うだろ?」
「ええ…まあ。もとは違う容姿だったようですし。クローンの類ではありませんから、容姿と声以外は“ラクス・クライン”とは全く別人の女の子ですよ」
歌う曲からでも分かるが、年の割に落ち着いた物腰のラクスと比べてミーアは無邪気だった。気の強い面もあるようで、婚約者という立場を忠実に演じる為なのか、それとも他の意図があってなのかは分からないが、積極的にスキンシップを図ろうとする彼女の強引さにはアスランも手を焼いていた。
「じゃあ、もし中身まで一緒だったら…お前はあの子にラクス嬢と同じ感情を抱けるか?」
「同じ、感情…ですか?」
アスランは眉をよせた。
そんな事考えたこと無かった…
ジークの言う感情というのが恋愛としてのものだというのなら、ラクスとはもう随分前に婚約を解消されている。例えミーアが完璧に“ラクス・クライン”を演じても、その感情を抱くことは無理だろう。
「たぶん、無いと思いますけど。自分にとってラクスは一人だけですし」
前大戦を経験して、アスランとラクスの関係は変わった。アスランにとってラクスは“戦友”なのだ。
今ラクスの傍には大戦で出会ったかけがえのない人が居る。そして、アスランも…
「まあ、そうだよな」
つまらない質問だったな、とジークは自嘲めいた笑いを見せて踵を返した。
アスランは足早に後を追って、彼の隣についた。
「さて、今日はどうするかな。オフといっても、急に与えられると困るもんだな」
「でも、シン達にとっては良い気分転換になるでしょうね」
「ああ。口には出さないが、だいぶ精神的にも来る頃だろう。基地の外へでも出て息抜きしてくればいい」
お互いに部下を思いながら笑う。
アスランはチラリとジークの横顔を盗み見た。
彼の場合は、とにかく寝た方がいい気がする…
ミネルバに来てから、同室の彼のベッドはいつ見ても皺ひとつない。部屋にいる時は常にデスクに向かって、宇宙に残してきた自身の部隊の仕事と本職の経営者としての仕事に追われていた。
たまに“フェンリル”のコックピットで整備がてら眼を閉じている時間があるようだが、それも仮眠と表現するにも足りなすぎる僅かな時間だった。
いくらなんでも働き過ぎだ…
それでいて、出撃すればあれほど動けるのだから、彼の身体の構造はどうなっているのか。
「お前は?予定は決まっているのか?」
「いいえ、全く」
それから2人は久しぶりに与えられたオフの使い道について話し合った。色んな候補を上げたが、どれも一日では叶いそうも無いものばかりで、結局は基地内で過ごすことで同意した。
見上げた空は清々しい程の晴天だった。
少し勿体無い気もしたが、今のアスランはオフを満喫出来る程開放的な気分にはなれなかった。