#18
もう何度目か分からないため息をついて、フィーネはベッドの横で淡々とカルテにデータを記入する白衣の男を睨んだ。
せめてこの部屋に窓があったなら、幾分か気持ちが楽になっただろうに。そうなれば、自分をこの部屋に縛り付ける彼らにも、もう少し優しく接してやれたかもしれない。
「…ねぇ」
名前は知らない。数時間に一回、代わる代わる自分の様子を見に来る彼らは、決して必要以上の言葉をかけてくれることは無かった。
「スティング達はもう帰って来た?」
男はチラリと一度こちらに視線を向けただけで、何も答えない。
いつもの事だ。フィーネは大げさに頬を膨らませてみせた。
「それくらい、教えてくれてもいいじゃない」
今朝、いつものようにフィーネの元にやって来たスティングから聞いた。ネオが3人に特別に外出許可をくれたと。
スティングは街に出ても特にすることが無いとぼやいていたが、きっとステラは喜ぶだろう。ここディオキアは海が綺麗な所だと、昨日ザフトの基地の偵察から帰ってきたアウルが言っていたし、海が好きなステラは気に入るはずだ。
帰ってきたら一番に今日の事を話に来てくれるであろうステラとアウルの無邪気な笑顔を想像して、フィーネの口元は自然と緩む。
その後にはスティングが来て、今日一日のお守り役の愚痴を零していくのだ。
一日のほとんどをこの部屋で過ごす事になったフィーネにとって、3人が来てくれることだけが楽しみだった。
特にスティングはなぜか一緒に居ると安心した。
いつも見る夢の中で自分の名を呼ぶ声、きっとあれはスティングだったのだ。根拠は無いが、そんな気がする。それ以外の何かを探そうとすると、いつも頭に鋭い痛みが走って思考を止めた。
フィーネはその痛みが嫌いだった。
それは薬が切れた時の痛みよりずっと優しいはずなのに、痛みと同時に胸にモヤモヤした何かを残して気持ちが悪い。
「次は2時間後に」
短くそう言って男は出て行く。
2時間後…その頃には、帰ってくるだろうか。
目覚めた時に彼が横に居てくれることを期待して、フィーネはゆっくり目を閉じた。
「彼女は、スティングを誰と重ねているんだろうね…」
研究員からフィーネのカルテを受け取って、ネオは言った。
最近のフィーネは、スティングに依存しているように見えた。
以前から彼女はスティング達エクステンデッドに対して似た境遇からか心を開いていたが、それはあくまで仲間としての感情だったと思う。それがあの戦闘で負傷して以来、何かにつけてスティングを呼ぶようになった。
プラント潜入任務後の“メンテナンス”から不安定だった彼女は、スティングを記憶の中の誰かの代わりにすることで落ち着いている。
「精神安定剤が出来たおかげで、我々としては喜ばしい限りですよ」
研究員の一人が言った。
「当面は彼を安定剤としておいて、“飼い主”に返すときは上手く操作しておきましょう。飼い猫が他に懐いているとバレたら、我々の首が危うい」
やれやれと、他の研究員達も肩を竦めて見せる。
「状態が安定したら、普通に過ごしても大丈夫ですよ」
その説明に、ネオはホッと胸を撫で下ろした。
あの戦いからずっと24時間拘束しているのは見ていて辛かった。
随分と今回の“メンテナンス”には時間をかけてしまったが、次からは彼女も充分に性能を発揮できることだろう。
「前にも言いましたが、深入りすると虚しいだけですよ。彼女は特に」
近付かない方が身の為だと、硬い表情で言う彼らにネオは何も言わずに背を向けた。
割り切れと、ファントムペインを任せられてから何度も周囲に諭された。ステラ達エクステンデッドもコーディネーターのフィーネも、ただの“兵器”として見ることは到底出来なかった。
けれど、ここでしか生きられないというなら…
彼女たちが生き続けられるように、守ってやらなければなない。全ての戦に勝ち続けなければならない。
ファントムペインの指揮官として初めて彼女達の前に立った日からずっと、ネオはそう決意していた。