「――海に、落ちたぁ?」
部屋にジークの呆れ声が響く。
慌てた様子で出掛ける準備をするアスランを見つめて、ジークは空いた口が塞がらなかった。
「はい。シンからのエマージェンシーを受信したと、艦長が…。発信元は海の岸壁でした。状況からみて落ちたとしか…」
「あいつ…バイクで出てったよな?」
「はい」
「…何をどうすれば、そうなるんだ」
「俺も今聞いたばかりなので、状況が分からなくて…」
予想外のことをしてくれる奴だな。ジークはミネルバの若きエースパイロットを思い浮かべた。
オーブ沖で圧倒的不利な戦況のなか単機で連合艦隊を壊滅させ、これまでミネルバの戦果に貢献してきた実力の持ち主をジークは一目置いていた。
そうかと思えば、今日は休暇中に救助要請とは、なかなか面白い少年だ。
「とにかく、行ってきます!」
アスランは困惑の表情で部屋を出ていった。
シン・アスカ。傍から見てる分には面白いが、上官だったら堪ったもんじゃないな…
ジークはアスランを憐れむような目で見送りながら、やはりアスランに任せておいてよかったと安堵していた。




シン・アスカは目の前の炎をぼんやりと眺めていた。
薄暗い洞窟の中、流木を集めて炊いた火がパチパチと音をたてる。その周りには、濡れた服が広がっていた。
チラリと視線を横にやれば、そこにはショーツだけの姿になった少女が膝を抱えている。
シンは顔を赤らめて再び視線を焚き火に戻した。触れた肩から素肌の温もりが伝わってきて、心臓が忙しなく動く。

――どうしてこうなってしまったのか…

シンは数時間前に思いを馳せた。


久し振りの休暇を与えられ、基地からバイクを借りて出掛けたのは昼過ぎのこと。
海沿いを走らせていたシンは、波が打ち寄せる崖に辿り着いた。眺めの良い景色に見惚れていると、シンは崖の突端で踊る少女に出会う。
その彼女が、突然海に落ちたのだ。
慌てて海に飛び込んで助けたが、切り立った崖が連なるそこは、流石のシンでも一人ではどうにも出来ない場所であった。
仕方なく持っていた自分の緊急用発信器を使ってしまったが、休暇中にエマージェンシーを出したなど後で上官に何を言われるか気が気でなかった。
シンは憂鬱げに大きくため息をついた。
視界の端で隣の少女の足を見る。細い足首にはハンカチが縛られていた。岩場で切ってしまったのを、シンが応急処置として縛った物だ。
「…きみは、この街の子?名前は?」
裸の彼女に背を向けて尋ねる。
「街?知らない…名前は、ステラ」
ゆっくり、拙い口調の少女にシンは優しく話しかけた。
「じゃあ、いつも誰と一緒にいるの?お父さん、お母さんは?」
「お父さん、お母さん…知らない。一緒に居るのはネオとフィーネと、スティング、アウル…」
シンはその答えに、彼女の境遇を察した。
「君も、怖い目にあったんだね…」
海に落ちた時、彼女は異常に死を怖がってパニックになっていた。
もしかしたら、この子も戦争で大切な人を亡くして怖い思いをしたのかもしれない。
自分と同じ…
シンは、彼女に亡き妹の姿を重ねた。
「“こわい”…?」
ステラの瞳が不安げに揺れた。
彼女は、“怖いこと”に関して敏感なようだ。
「あ、いや。ごめん、今は大丈夫だよ?俺が居るから。俺が守るよ」
「守る?」
ステラは小首を傾げてじっと見つめた。
「そうだ…名前。俺、シンっていうんだ」
「シン…ステラ、守るの?」
「うん、俺がステラを守る」
そう言うと、ステラは嬉しそうに笑った。
愛らしい笑い方をする女の子だと思った。
ステラは徐ろに立ち上がると、焚き火の前に広げていた自分のワンピースのポケットを探り始めた。
そこから何かを取り出して、シンに差し出す。
「…これ、シンにあげる」
差し出された掌のうえには、ピンク色の貝殻があった。
「本当は、フィーネにプレゼント、だけど…」
「これを、俺に…?」
彼女は頷く。
「お礼…助けて、くれたから…」
シンはそれを受け取って嬉しそうに笑うと、目の前の彼女の無防備な姿にハッとして再び目を逸した。
「ありがとう、ステラ」
その言葉にステラも嬉しくなって満足げにシンの隣に座った。
しばらく焚き火を眺めるだけの時間を過ごして、2人はまだ湿っぽさが残る服を着た。
ようやく真っ直ぐステラを見ることが出来るようになったシンは、彼女に優しく言った。
「もうすぐ、助けがくるから。大丈夫だよ」
そうしているうちに、洞窟の出口から眩い光が差し込んだ。
エンジン音と聞き慣れた上官の声が聞こえる。
「――シン!」
「隊長!」
シンは安堵の表情を浮かべて洞窟から顔を出した。
良かった。ちゃんと救難信号が届いていた…
ボートに乗ってやってきた上官は、シンの無事を確認するとホッと息をついた。そして、呆れたような口調で叫ぶ。
「休暇中にエマージェンシーとは…派手にやってくれる奴だな!君は!」
「すみませーん!」
説教は基地に戻ったらいくらでも聞こう、とシンは苦笑した。今日だけは反論の余地はないのだ。
シンは不安そうに自分の背中に隠れたステラを振り返り「もう大丈夫だ」と笑ってみせた。