「――そろそろ、教えてくれないか?アーシェ」
その場に座り込んだイザークは、未だ腕の中でしゃくりあげるアーシェの背中を擦りながら言った。
もうどれくらい時間が経ったのだろうか。
何を聞いても答えない彼女を腕の中に抱いて、イザークは満月が浮かぶ空を仰いだ。
思いがけない再会の仕方になってしまった…
地球各地で激化する反連合の紛争介入の為、ジュール隊は地球に降下した。降下直後で疲れているはずの身体はなかなか寝付けなかった。仕方なく外の空気を吸いに出てみると、滑走路の隅にスカイブルーが靡いていた。見慣れたその色に、イザークの胸が跳ねた。
意を決して名を呼ぶと、振り返ったその姿に息を呑んだ。
再会を待ち望んでいた少女は、想像していたよりずっと弱々しい姿でそこに居た。
「…なあ、何があった?」
昼間多くのモビルスーツが行き交うそこは、今は静まり返っている。今2人の姿を確認出来る者が居るとすれば、可能性があるのは遥か後方の管制塔からだろうか。
イザークはチラリと後ろに視線をやって、アーシェの姿を隠すように管制塔に背を向けた。
まさかこんな形で彼女を腕に抱くことになるとは、想像もしていなかった。
イザークは複雑な感情を抱きながら、胸に顔を埋めたままの彼女を見つめる。
「…ジュール隊長」
ようやくアーシェが口を開く。
「隊長は、どこまで聞いてますか…私のこと」
ゆっくりと紡いだ言葉は、震えていた。
“どこまで”
その問の意図を、イザークはよく分かっていた。
ジークの言葉が頭を過る。
『お前ほどの立場がある人間なら、ここに来るまでに気付いているんだろ?』
イザークは沈痛の表情を浮かべた。
「ジークから…上辺だけだがな」
エアリス隊のパイロットに配属される意味。
あの時ジークははっきりとは言わず、暗に察しろと険のある視線で訴えた。
イザークはそれを直ぐに理解したが、受け入れるまでにはだいぶ時間がかかった。
葛藤はあったが、それでも今はアーシェがアーシェであることに何ら変わりはないと思っている。
「…地球ここに来て、たくさん殺しました」
イザークは思わず背中を擦っていた手を止めた。
「インド洋と、ガルナハン…数えるのも億劫になる数を討ちました。でも…今思い出しても私…あの瞬間、本当に楽しかった…」
理解して、受け入れた“つもり”だった。
目の前の彼女の言葉に、決意が僅かに揺れた。
「ごめんなさい…隊長が言ってた“十字架”…やっぱり私、全然重く感じない…」
アーシェはイザークの軍服をギュッと握った。
「戦争は終わらせます。その為に、戻ったから。でも、私の想いと私の身体はチグハグで…」
イザークは何も言えなかった。
受け入れようと決意したのに、彼女が吐露した苦悩は自分の覚悟を超えていた。
胸に縋る彼女の表情は分からない。ただ、自分の軍服を握る彼女の手は震えていた。
こんなにも弱々しい姿で、何てものを抱えているんだ…
「自分に預けて欲しい」とジークは神妙に言った。エアリス隊でなければいけない理由がようやく分かった。“普通”のなかに居ては、このチグハグな精神は壊れてしまうのだ。
「だから」と彼女は続ける。
「この戦争が終わって、本当の平和が訪れたら…その時は…」
アーシェは絞り出すように、消え入りそうな声で吐き出した。

――隊長が、私を壊してください

「ッ…!」
その言葉に、イザークは目を見開いた。
「バカか!?貴様!!」
力強く彼女の肩を掴んで顔を上げさせる。
イザークは彼女の顔に息を呑んだ。
虚ろな光の無い眼と視線がぶつかった。
「自分が何を言ってるのか、分かってるのか!?」
「だって…私みたいな兵器は、平和な世の中には要らなくなるでしょう?」
彼女の唇が力のない笑みを浮かべた。
イザークはもう一度「バカ!」と吐き捨てると、彼女の頬に手を添えた。形のいい長い指で、伝った涙を拭う。
「兵器は…こんなに、涙なんか流さねぇよ」
瞬間、彼女の瞳が揺れた。
イザークは怒ったように彼女に言う。
「お前の願いは聞いてやらんからな!」
お前が嫌だと言っても俺が生かす。
アーシェの“願い”に頭に血が上ったイザークは、これまで蓋をしてきた自分の想いを一気に吐き出した。
「お前はもう俺の部下ではないし、指図する権利はないがな…俺は、お前に生きて欲しい!お前が何者かなんて知ったことか!」
アーシェはイザークの勢いに呆然とした。見開かれたその目は、もう涙を止めていた。
「お前は、俺にとってただの部下じゃないし、ましてや兵器なんかじゃない。俺が…俺の手で、守りたいひとりの女だ」
無言で見つめ合う2人の間に、滑走路のコンクリートに打ち付ける波音が響く。
淡い光によって輝く彼女の髪を撫でると、薄紅色の唇が戸惑ったように小さく動いた。イザークはそれが何か言葉を発する前に彼女の頭を胸に押し付ける。

「好きなんだ。お前が」

目の前に広がる海を見据え、響きの良い澄んだ声に想いを込めた。

「だから…生きてくれ。アーシェ」