「本当は嫌いなんだ。こういうのは」
エアリス隊母艦“ディオニソス”
ベッドから抜け出そうと上体を起こした秘書官クロエ・アルカデルトは、後ろから聞こえた弱々しい声にふと動きを止めた。
このベッドの主の腕が縋るようにクロエの腰に巻き付いた。
「…グレイ」
エアリス隊副長グレイ・ワイアードは、苦しそうに絞り出す。
「人を…殺したいわけじゃない」
「ええ、知ってる」
グレイはクロエを引き寄せると、彼女の白く光る太腿へ頭をのせた。クロエも素直に受け入れてその頭を撫でてやる。
モビルスーツに乗らない仕事を終えたグレイはいつもこうだ。
持て余した感情の捌け口にするようにクロエを抱いて、我にかえると自己嫌悪に陥って弱音を吐く。
“戦争”は好きだ。だけど自分達は殺人衝動があるわけではない。自分が死ぬのは怖くないが、生身の人間に手をかけるのはいつだって苦しみを伴った。
引き金を引くたび、肉を裂くたび、微動だにしない感情に絶望する。自分達はまともではないのだとその度に気付かされる…
「あの人は自分がやると言ったわ」
「駄目なんだよ、それじゃあ…」
グレイはクロエを抱き込む腕を一層強めた。
「そう言ってあいつはどれだけやってきた?あいつ、背負いすぎていつか壊れちまう…」
死んでいった“ヴァルハラ製”の無念、生き残った者の未来、父親に託された夢、愛した女の命…
黒い瞳が見据える世界は、あまりにも過酷過ぎる。
幼い頃から常に自分達の先を歩く彼の背中は頼もしくて、“ヴァルハラ”を生きる子ども達の憧れだった。その背中が重圧に押しつぶされるところなど見たくない。
「ヴァン・エアリスの夢…あんなのは、ただの“呪い”だ」
グレイは憎々しげに言う。
ジークの養父、ヴァン・エアリスは高潔な人格者だった。
生前、彼は“ヴァルハラ計画”で生まれた子どもたちを憂い、ザフトでの立場を守るために奔走した。
ジークをプラントの中枢を担う人物に育て上げ、“ヴァルハラ製”の未来を守る。彼はプロジェクトの成功体と称されたジークに、“ヴァルハラ製”ひいては戦争によって生み出された子どもたちの未来までをも托した。
「ヴァンには感謝してる。けど、ヴァンの“呪い”に縛られたから、ジークはいつまで経っても本当に大切なものを手に入れられない」
クロエは子どもをあやすように、ただ黙って彼の頭を撫でながら聞いていた。
いつも飄々と本能に忠実に生きる獣を“演じる”グレイは、本当は誰よりも繊細だ。ジーク・エアリスを崇拝し、彼の右腕であることに誇りを持っている。
だからこそ、ジークが苦悩する姿を見るのが自分のことのように辛いのだ。
グレイが唯一本音を吐き出せる存在であるクロエは、それをよく分かっていた。
クロエは自身の上官を思い浮かべる。
あの人には、そんな弱音を吐き出す相手もいない…
膝の上で、グレイが泣きそうな声で言った。
「あいつ…もう全て投げ出して、惚れた女のとこでも行っちまえばいいのに…」