武官、烏鴉兵と戦う
ーー冀州候・蘇護は必ず味方になる。
黄飛虎の考えとは反対に、名前たちは烏鴉兵に囲まれていた。
「まいったなこりゃ」
なにかトラブルでもない限りーー嫌な想像を口にしたせいだろうか。まさにトラブルがあったとしか思えない状況だった。
口上もなにもなく襲いかかってくる烏鴉兵。訳ありなのだと名前でも察しがつく。だが戦わなければ対話も叶いそうになかった。
とはいえ殺すわけにもいかない。かといって身一つで戦えるほどの数ではなかった。柄で殴るのにも加減が難しいし、峰打ちなどして後遺症が残ったら困る。
ーーできるだけ武器に頼らない方向でいこう。
そんな曖昧な策しか名前には思いつかない。
それでも気を引き締め、身構えた時だった。
「てっ……天祥はどこ行った!?」
黄飛虎の叫びに、名前も慌ててあたりを見回した。が、どこにも少年の影は見当たらない。この短時間でどれほど遠くへ行ったのか。彼の身のこなしなら一般兵に捕らえられることはないだろうがーー。
「どうしましょう?」
今すぐ探しに行くべきだと思う。けれど四方を兵に囲まれた今、その望みは現実的ではなかった。
動揺する名前を他所に、天化は呑気に「師叔んトコに帰ったのかな」と呟く。片手で剣を遊ばせる姿からは少しの不安も見えない。彼は天祥の力を信じているのだ。
それは黄飛虎も同じで、「そうだな、天祥なら大丈夫だろう」と頷き、烏鴉兵に向き直った。
父や兄がそんな調子だから、他人の名前だけが慌てふためいているのも滑稽な話だ。名前も一抹の憂いを振り切り、拳を構えた。
今はまず、兵を退かせなければ。
「カーーーーーッ!!!」
威勢よく飛び出してきた烏鴉兵たち。黄飛虎も天化も名前も示し合わせたかのように三方に散った。
名前は振りかぶられた剣を躱し、その手首を打ち付けた。直情的な剣筋ほど見切りやすいものはない。致命傷にはならないものの、烏鴉兵は痛みから剣を取り落とす。その衝撃が覚める前に、名前は兵を昏倒させた。
まずはひとり。
数えるより早く、名前は別の兵が繰り出した剣を潜り抜け、その懐を殴り付けた。
崩れ落ちる身体。それを無造作に捨てると目の前の兵は狼狽えた。だが構うことなく名前は駆けーー顎先に掌打を叩き込む。
次に斬りかかってきた兵の剣は、倒れた烏鴉兵から抜き取った剣で切り結んだ。そして接近した瞬間に力を受け流す。たたらを踏む兵。名前は身を捻り、その勢いのまま相手の顎を蹴り上げた。
そんなことを繰り返しているうちに、立っている烏鴉兵は一体になっていた。
一番多く倒したのは黄飛虎だろうか。彼の武器は範囲が広い。それを有効に使う彼の技量もまた見事なものだった。
悔しい、と名前は純粋に思う。もっと強くなりたい。黄飛虎や天化のように、強く。
「俺っちたちと戦おうなんていい度胸さ!!」
天化は言うと、気絶した兵に足を置く。
「残ってんのはあんた一人……急所は外してやっから覚悟を決めな!!!」
「……待て、天化!」
悪役のような台詞を放つ天化。それを止めたのは思案顔の黄飛虎だった。
「蘇護どのがなぜ俺たちを攻撃してきたのか理由を知りてぇ。ここはひとまずやられたフリをしてやつらに捕まろうぜ!!」
……そういうことは早く言ってほしい。
残っている烏鴉兵はひとり。それもとりたてて剣技に秀でているわけでもなさそうだ。仮面の奥で冷や汗をかいているのが伝わってくる。
「捕虜にして口を割らせては?」
「いや、それだと時間がかかっちまう。それにこいつらが事情を知っているかも定かじゃねぇ。蘇護どのに直接聞くのが一番だ」
「それもそうですね……」
名前は唸った。黄飛虎の言うことは最もだ。烏鴉兵の中に高官がいないのは手応えのなさからも明らかだった。そんな彼らに話せることは少ないだろう。それにこれ以上彼らを痛めつけるのも後のことを考えればよろしくない。
「こんなにやっつけちまった後にやられたフリをすんのかい?」
「そうですよ、さすがにバレてしまうのでは」
天化と名前の懸念を、黄飛虎は「いいから!!」と一言で黙らせた。
俺を信じろ。そう訴えてくる目に、二人は顔を見合わせる。
……やるしかないか。
言葉はなくともわかる。名前も天化も頷き合った。腹を括ろう。そうだ、こうなったら思いきり演じるしかない。
そういうことは二人とも専門外でーーどちらかといわずとも太公望のお家芸なのだが、ここに彼はいない。
「さぁ行くぜ烏鴉兵!!」
烏鴉兵とは別の意味で名前もやけくそだった。
ちなみに、この時の演技は名前にとって忘れがたいーーけれど消し去りたい記憶となる。