ミステリートレインへのチケットを手配したのはベルモットらしい。彼女がどのような手段をもって入手したか。そんなことは名前に関係のないことなので横に置いておくとして。
「それは?」
透の掌に転がる2つのリング。刻まれた、見覚えのない紋章をマジマジと見つめる。MYSTERY TRAIN PASS RING――「これがチケットになるってこと?」円形に刻まれた文字列からそう判断すると、透は頷いた。この指輪を機械に通すことで乗車できる仕組みになっているらしい。雰囲気作りのためだろうか。だというなら、見てくれが蒸気機関車を模しているのに倣って乗車手続きも古風な形にすればいいのにとマリアは思ってしまう。まったく、金持ちの考えることはてんで分からない。
「……失くしそう」
透の手の中で転がる指輪。弄ばれるそれに、名前も手を出す。指先でつつくと、それなりに頑丈な作りになっていることが伺える。これなら落としても壊れることはなさそうだ。
「当日まで僕が管理するから」
「そうして。今受け取ってしまったら警察の厄介になりそうだから」
「そうなっても僕が引き取りに行くから大丈夫。君の管理も仕事のうちだからね」
そう言ってウィンクをくれたのが3日前。
ベルツリー急行出発の朝は慌ただしいものだった。予報よりも気温が高いせいで透が名前の服装を変更したり――『女の子と出掛けられる貴重な機会なんだからちゃんとしないとね』――、注意事項を繰り返し話して聞かせたり――『いいかい名前、君には君の役割があるんだ。不本意だろうと決して持ち場を離れてはいけないよ』――したためである。
こうも気遣われると、名前としては擽ったい。「透は心配性なんだから」言いながらも顔には笑みが浮かぶ。
「心配だけど、指輪は渡さないとね」
既に透の右手薬指にはリングが嵌められていた。そんなものまで付けていると、服装も相まって役者のようだ。彼の金糸はスポットライトで更に輝きを増すだろう。それでなくとも惚れ惚れする美しさなのだから。
「……失くさないでくれよ」
麗しのご主人様は飼い犬の右手を取る。名前が何も言えないでいるうちに指輪は薬指に宛がわれ、ゆっくりと付け根まで上っていった。
いや、ゆっくりだと思ったのは名前の錯覚かもしれない。彼女にとって、透に手を取られた後からはすべてがスローモーションに見えた。にも関わらず、名前の体は薬を盛られたかのように身動きひとつできなかった。まったく不思議なことに。
おまけに指輪の上にキスを落とされ、東京駅が目に入るまで名前の意識は戻らなかった。