鉄の柩

 8号車へ向かっている時だ。「名前君じゃないか!」と、世良真純に呼び止められたのは。

「なんだ君も来てたのか」

「ええ、お兄様がどうしてもと言うので。オークションで落札までしたんですよ」

「いやいや、それくらいこの列車には価値があるよ……特に探偵にとってはね」

 でも言ってくれたらよかったのに。そう、真純は口を尖らす。その仕草は幼げで可愛らしくて。思わず、名前は笑みを漏らす。「ごめんなさい、会えると思わなくて」素直に謝ると、真純は気のいい笑顔を見せてくれた。

「いいさ、こうして会えたんだし、それに人生には驚きも必要だからな」

「ありがとう……。わたしも真純さんに会えてよかった」

「ははっ、そうまっすぐ言われると照れるな」

 そんなことを言いながら7号車の扉を開ける。毛利探偵たちがいるのはその先、8号車のはずだ。
 だが7号車の通路には毛利蘭と鈴木園子、それから見覚えのない男が立っていた。名前と真純は顔を見合わせる。何かあったのだろうか?
 とはいえ問題ごとが起きたというわけでもなさそうだ。3人は和やかな様子であったし、男は手を振ってすぐに8号車の方へ立ち去った。

「何かあったのかい?」

 男が消えるのを見計らって、真純はさっそく2人に声をかけた。2人はまず名前がいることに驚き、それについて真純にしたのと同じ説明を受けてから、ことの次第を語った。

「なるほど、共犯者か」

 真純ははがきサイズのカードをしげしげと眺めた。それから、探偵役に選ばれなかったことを残念がる。探偵としては犯人に加担する側というのは複雑だろう。たかがゲームといえど。
 名前と真純は2人に招かれ、7号車のB室へと入った。そこもまた立派な造りで、マホガニーの扉に小花柄の壁紙、シートのアクアマリンが室内を落ち着いたものにしている。しかしそれでも8号車よりは劣るものらしい。後であんたたちにも見せてあげるわね。気前よく言ってくれる園子はどこか誇らしげだ。その姿は彼女によく似合っていてかわいらしいと名前は思った。

「探偵役はどなたでしょうね」

「ね、ちょっと緊張しちゃうなぁ」

 そう言いながら、蘭はお茶の用意をしてくれる。その隣で園子はグッと両の拳を握った。「園子様の手腕が試される時ね!」お嬢様はやる気満々だ。
 そんな彼女がカップを受け取った直後、

「え?」

 コンパートメントの扉が突然開いた。

「あら、コナン君」

 蘭の言葉通り、入り口には江戸川少年が立っていた。途端に園子の眉が釣り上がる。「レディの部屋に入る時はノックぐらいしなさいよ!!」これは……小学1年生には酷な注文ではなかろうか。園子は彼に対して当たりが強いきらいがある。が、これも一種の親愛表現なのだろうか。判断材料が少ないので名前にはしかねる。
 少年はそれには反応を示さず、口ごもった後で、「ここって7号車だよね?」と聞いてきた。そんな質問をするということはもしかして……?思わず真純に目をやりそうになり、ぐっとこらえる。頭に浮かんだ予想が正しいものか確認したい。けれど今不審な動きを見せたら台無しになってしまう。名前は共犯者、探偵を欺かなくては。
 やる気満々のお嬢様は、「はぁ?」と更に眉尻を持ち上げた。何を言ってるんだと本気で思っているかのようなトーン。さすが、迫真の演技である。

「ここは8号車!たった今ボクたちが遊びに来た所さ!」

 名前を親指で示しながら真純が答えると、少年は一応納得した様子で扉を閉めた。釈然としないといった面持ちであったものの、とりあえずは騙し通せたらしい。

「ふふん、うまくいったようね」

 ほっと胸を撫で下ろす蘭とは対照的に、演技派の園子は口端を上げた。名前もそう思ったから、「さすがでした」と彼女に拍手を送る。
 そんな中で真純だけが違う感想を持っているようで。意味深な笑みを浮かべていた。

「まぁでも、彼ならすぐに解いちゃうだろうね……」

 その言葉通り、3度目に訪ねてきた時にはすっかり解き終えていた。けれど名前の目はまったく別のものに吸い寄せられる。確信を持ってからくりを説明する江戸川少年ではなく、その後ろにいる少女に。