「彼女を見つけた」そう言ってから、より一層声を落として続ける。
「いったいどういうことなの。彼女が……子供になってるだなんて」
困惑と疑念。それらを極力削ぎ落として訊ねたつもりだった。だがベルモットにはお見通しらしく、彼女は『そりゃあ驚くわよねえ』とゆったりと答えた。なんて悠然とした態度だろう!彼女とは名前を襲った驚きを共有することはできないようだ。
それが指し示す答えはひとつ――
「……あなたは知ってたのね」
携帯を握る手に力がこもる。電話口から響くからからとした笑い声。それが答えだった。
ベルモットはシェリーの潜伏方法を知っていた。ということはつまり潜伏先まで承知していたということだ。それを隠していた。組織が追っているシェリーを、ベルモットが。
だからか――、ようやく合点がいった。乗車前、ベルモットが名前だけに伝えた命令。『シェリーを見つけたら、一番に私に連絡するの。バーボンに伝えるより先に。二人きりで』――この命令は、ベルモットが既にシェリーの足取りを掴んでいるからこそのものだったのだ。そしてそれをバーボンに悟らせないための。
『やっぱりあなたの鼻は欺けなかったわね』ベルモットは相変わらず余裕たっぷりといった様子だ。名前の体が自然と強張る。――彼女はいったい何を画策しているのだ?
「でもできることなら欺きたかった、そうでしょう」
『えぇ、そうね、そしてそれはこれからも変わらないわ』
「……どういうこと」
時間を気にしながら(そろそろ蘭たちが訝しむかもしれない)、名前は鋭く切り込んだ。前置きも遠まわしな表現もいらない。名前がほしいのは――
『ねぇ名前……、あなた、バーボンと私、どちらを選ぶの?』
名前は息を呑んだ。
遊びのような問いかけ。しかしその発言者はベルモットだ。迂闊には答えられない。その真意を見抜かなくては。
「時間がないの。謎かけに付き合う時間は」名前は口早に言った。けれど電話の向こうの彼女は優雅に笑うばかり。
『そんな難しいことじゃないわよ、だってこれはそのままの意味なんだから――』
「どうかしたのかい?」
顔を覗き込まれて、はっとする。目の前には透のまっさらな瞳。親類を案じてますとありありと書かれた顔。「どこか具合でも……」名前は、目を伏せた。
「ごめんなさい、……大丈夫です」
「具合が悪くなるのも当然よ」「殺人事件に巻き込まれたんだもの……」園子も蘭も、底抜けに優しい。名前の事情なんて露知らず、その肩に優しく手を置いた。
そう。子どもたちとお手洗いに行くという名目でベルモットに電話をかけた後、殺人事件が起きたのだ。けれどもちろんそんなことで名前の体調に変化があるはずもない。そうではないのだ。
「……ゆっくり休むんだよ」
名前がどんな人間か知っている透もここでは何も言えない。何も追及できない。
「はい……」
ああ!何もかも告げられたらどんなに楽だったろう!
そう思っているのに、いや、思っているからこそ、目を合わせられないでいた。
秘密を作ったうしろめたさと目を合わせてしまえば止められなくなる恐怖。名前はバーボンの忠実なオオカミでありたいのに、組織はそれを許してはくれない。
『幼児化の薬はね、トップシークレットなの。ジンすら知らない、とっておき』
ベルモットは歌うように言った。
『それを知られるのは組織にとって都合が悪いの。これがどういうことを指すか分からないあなたじゃないわよね』
都合が悪いこと。もしもそれを名前がバーボンに伝えてしまったら。そうしたら、組織は。
「……わかった、シェリーのこと、バーボンには何も言わない」
そう約束するしかなかった。
それがバーボンに対する裏切りだと分かっていても。
名前は彼に生きていてほしかった。