色物仙人三人組×委員長系仙人


 仙人界なんてものは変わり者の宝庫だ。
 しかしだからこそ秩序を保たねばならない。それこそが人としてあるべき姿なのだから。

「あなた方はいつもいつも……」

 だから名前は今日も今日とて苦言を呈する。この人たちにはいくら言っても無駄なんじゃないかと半ば思いつつも。色物仙人3人組ーー太乙真人、道徳真君、雲中子の三人を正座させていた。

「なぜわしまで……」

 ついでに太公望も。
 色物仙人と同列にされ不満を口にする彼を、名前はキッと睨み付けた。

「身に覚えがないとでも?」

「わしほど善良な道士もいないだろう?」

「あくまでもシラを切るつもりなのね……」

 名前は彼の前に立ち、腕を組んだ。
 太公望は「なんのことやら」と飄々とした体で口笛を吹いた。青筋を立てる名前を煽るように。
 実際、沸点の低い名前の堪忍袋は切れる寸前だった。
 しかしここで挑発に乗っては太公望の思う壺。冷静にと己に言い聞かせ、語勢を荒げないよう口を開く。

「……太乙真人、説明を」

 思ってもみなかったのか。太公望は驚いた顔で隣を見た。自分と同じく正座させられている太乙真人。彼は太公望と視線が合うとピースサインをした。どこか誇らしげに。

「実はね、名前に頼まれて開発したんだ。蟠桃園を監視する宝貝を」

 蟠桃園。名前が管理を任されたその地には、不老不死の仙桃を含む多くの樹が植えられている。
 名前の管理は徹底していた。蟠桃大会で饗される仙桃以外の蟠桃。その数すら名前は把握していた。
 だからそれが名前の知らぬ間に減っていることに疑念を抱いた。もしや、と。
 仙道を疑うのは心苦しいものだが、野放しにしておくわけにもいかない。かといって四六時中名前が見張ることもできず。
 そこで宝貝開発に関しては右に出るもののいない太乙真人を頼ったのだ。

「ま、まさか……」

「お陰で証拠を手に入れることができたわ」

 ようやく表情を変えた太公望。さすがの彼も監視の目には気づかなかったらしい。
 名前は太乙真人から貰った宝貝を操作した。すると宙にひとつの映像が浮かび上がる。
 そこには言い逃れのできない決定的な証拠が撮影されていた。太公望が蟠桃園に忍び込み、桃を盗み出す様子が。

「太公望、蟠桃を盗み出した罪は重い。元始天尊さまに報告させていただきます」

「そ、そんな……」

 がくりと肩を落とす太公望に、名前は鼻を鳴らした。盗んだものを返せと言わないだけ寛大な措置だろう。そう、冷ややかな目で見下ろす。
 これに懲りて再犯しなければよいのだが……。

「さて、次はあなた方の番よ」

 太公望は後で彼の師に突き出すとして。
 残る3人の仙人に名前は視線を移した。
 太公望に色物仙人3人組と呼ばれる彼ら。確かに彼らは揃いも揃ってどこかずれてる。各々、それぞれの方向で。
 対象が自分に移ったことでびくりと反応を示す太乙真人。一応は申し訳なさそうな顔をしている道徳真君。何が名前を怒らせたか理解していない様子の雲中子。うち二人は崑崙十二仙のひとりだというのに。
 名前は頭を押さえた。

「まず雲中子、あなたは私に話すべきことがあるでしょう」

「いやまったく」

「…………、」

 無言で拳を握り締める。それで慌てたのは当の本人ではなく太乙真人だった。

「とりあえず謝っておくんだ!じゃないと僕にまで火の粉がかかるだろう!!」

「聞こえてるわよ、太乙真人」

 この後責め立てられる予定の太乙真人は自分の保身だけを考えていた。だから雲中子に耳打ちをしたのだが、しかし彼には暖簾に腕押し、糠に釘。心当たりがないと真に思っているらしく、雲中子は首を捻っていた。

「……あなたって本っ当にどうしようもないわね」

 まだ一人目だというのにもう疲れてきた。
 名前は溜め息を吐き、雲中子を指差す。やはりこの男にははっきり言わなければ伝わらない。

「先日、私の弟子に変なものを飲ませたでしょう」

「変なものを飲ませた覚えはないけど」

「……薬を盛ったでしょう」

「うん」

 まったく悪びれた様子もなく、雲中子はあっさり認めた。ただしそれが罪だとはわからないらしいが。
 名前は頬をひきつらせた。もう言葉も出ない。
 そんな名前に代わり、比較的には常識人の道徳真君が雲中子を批判する。「ダメじゃないか、そんなことをしたら」と。

「実験なんて危ないんだから、ちゃんと本人の意思を確認しないと」

「そうよ、道徳真君の言う通り。あなたの研究に勝手にうちの子たちを巻き込まないでちょうだい」

 先日、名前の弟子がひとり異形のものとなった。幸いなことに1日経てば元に戻ったが、だからといって許されることではない。何しろその弟子は新入りでしかも女の子なのだ。突然自分の体が変化してしまったことにいたく傷ついていた。
 だから、名前は雲中子を許すわけにはいかない。師として、崑崙の仙人として。彼には改めてもらわなくてはならない。

「だいたいどうしてうちの子に手を出すのよ。前も、その前も……なんの恨みがあるっていうの」

「え?恨みなんてないけど」

 心底不思議そうに雲中子は言った。「そういえばどうしてだろうね」なんて他人事みたいに。
 そう、名前の弟子が雲中子の手にかかったのは1度や2度のことではない。なぜだか名前の弟子ばかりがこんな目に合うのだ。
 だからてっきり理由があると思っていたのだがーー。

「……もういいわ。弟子にはあなたを見かけたら逃げるようにと伝えておきます。どうやらあなたに反省の色はないようだから」

「え、それじゃあ誰で実験すればいいって、」

「ご自分の体で実験なさったらどうかしら、ね!」

 発言を最後まで聞くことなく、名前は雲中子を簀巻きにした。慣れた手つきで。その鮮やかさに道徳真君から「おお」と拍手が送られる。まったく嬉しくはないが。

「当分の間あなたには監視をつけさせていただきます。この太乙真人特製の宝貝で」

 名前は判決を言い渡した。
 本当なら名前自身の目で彼を見張りたい。だが四六時中そんなことをしているわけにもいかない。折衷案がこれだ。
 雲中子には異論があるらしい。が、名前は問答無用で彼の口も封じた。聞くだけ無駄だ。きっと名前の神経を逆撫でするようなことしか言わないだろうから。

「お次は太乙真人、道徳真君、あなた方の番よ」

「ま、待ってくれ!僕はほら、結構君の役に立ったろう?情状酌量の余地が……」

「それとこれとは別です」

 ばっさりと切り捨てられ、太乙真人は地面に手をついた。反対に、道徳真君は名前に手を合わせる。

「本当に悪かった!力加減がなっていないなんて修行不足だと反省している」

「道徳真君……」

 真っ直ぐな目に胸を打たれる。
 道徳真君の罪状はこれまでと同じように器物損壊だった。修行に熱が入るあまり崑崙山に傷をつける。毎度恒例のことであった。
 今回は道徳真君が巨大な岩を砕いたせいで落石が起こった。だからこそ名前はこうして彼を正座させているのだが。

「今回の件、故意でないことはわかっているわ」

 道徳真君の心根は真っ直ぐで気持ちのいいものだ。そう、名前は彼を評価している。故に名前も彼に対して怒りはなかった。雲中子とは違って。
 ただ、改善が見られないのが厄介ではあるが。

「……今後気をつけてくださるならいいの」

「ああ!もちろんだ!!」

 道徳真君には名前も強く出られない。
 名前は彼を拘束していたものを解き、自由にした。
 納得がいかないのは太乙真人だ。

「僕だって悪気はないよ!!」

 そう主張する。が、名前は一顧だにしない。むしろ火に油を注がれた。
 静かに怒りを溜める名前に、「太乙は何をしたんだ?」と道徳真君は無邪気に訊ねる。

「それは……」

「僕はただ親切心で手を加えてあげただけさ!」

 名前を遮り、太乙真人は己の無罪を主張する。
 親切心。その言葉で、名前の限界だった堪忍袋の緒は切れた。

「女の服を勝手に宝貝仕様にすることのどこが親切なのかしら。そういうの、余計なお世話っていうのよ」

 そもそも……と名前は彼の胸ぐらを掴んだままにっこり笑った。ヒッと息を呑む太乙真人を無視して。

「私物を盗み出すこと自体が罪よ。しかも女のものをなんて」

 太乙真人は科学オタクだ。それも重度の。
 それは別に構わない。人の迷惑にならないのなら好きにしたらいい。それに名前は彼の才能を買っている。
 けれど、被害がこちらにまで及んだ以上、放ってはおけない。
 太乙真人は名前の留守中に名前の邸に忍び込み、名前の服を盗み出した。そしてその服は後日宝貝にされて返された。着るだけで透明になれるだかなんだかという謎の宝貝として。

「盗みに不法侵入、あなたは太公望と同じ罪よ」

「太公望と一緒にしないでくれ!」

「わしだって女の家に忍び込むような奴と一緒にされたくないわ!」

 いつの間にか転た寝をしていた太公望も太乙真人の言葉に覚醒し、猛抗議する。お互いがお互いよりも上だと言い張って。

「私からしたらどっちもどっちよ……」

 まったく十二仙ともあろうものが情けない。少しは玉鼎真人の礼儀正しさを分けてもらった方がいいだろう。
 溜め息を吐く名前を、道徳真君は覗き込む。

「大丈夫かい?」

「いいえ……、頭が痛いわ」

 どうして私ばっかりこんな目に。
 太公望に桃を盗まれ、雲中子に弟子を実験台にされ、道徳真君の落石に自身の洞府が巻き込まれ、太乙真人に私服を改造される。踏んだり蹴ったりだ。名前自身は品行方正を目指し、つましやかに暮らしているというのに。

「いや、これはおぬしのせいでもあるぞ。おぬしがこうでもしないと構ってやらぬから……。まぁ、こやつらには自覚がないようだが」

 だから太公望がこんなことを名前だけに聞こえるよう言うのも理解不能だった。