The lion and the unicorn


 しかし探偵たちが動き出したのを見透かしたかのように、犯人は次の一手を講じてきた。

「……ちっ!」

 制御を失った車体。響く爆発音。再度の混乱に見舞われる人々の合間を縫って、RX-7は走る。空から車が降ってこようとも。零の運転に迷いはなく、すんでのところで交わしてみせた。
 そのハンドル捌きは見事なものであったけれど、名前に見惚れる余裕はない。

「IOTテロか!」

 先刻見たばかりの光景に零は叫ぶ。そうしながらも、やはり彼は立ち止まらない。江戸川少年も、また。
 大型トラックに押し潰されそうになったのに少しも焦らず、少年はその下をくぐり抜ける。その動作はどこか慣れたもので、名前は目を瞬いた。
 少年はスケートボードとは思えない速度でガードレールの上を滑り、玉突き事故により立ち往生する車の上を飛び乗って駆けていく。
 しかし。
 少年の頭上に架かる高速道路。その下を通り抜けようとした時だった。
 衝突音。それから一拍遅れて、乗用車が落ちてくる。高速道路から、少年の頭上へと。
 危ない、と名前は身を乗り出しかけた。けれどそれは零の手によって引き留められた。
 彼は名前を抱き寄せ、前方を睨み据える。獣のような目で。しかしその口角は持ち上げられていた。まるで極限状況を楽しむかのごとく。

「しっかり捕まってろよ……!」

 同時に名前を襲うのは浮遊感。思いきり加速したRX-7が宙を駆ける。そして、眼前には落下する乗用車がーー

「……っ」

 咄嗟に目を閉じた名前の身に降りかかる衝撃。頭は揺さぶられ、耳は轟音に麻痺していた。
 名前がそろりと目を上げると、すぐそばにはひっくり返った乗用車がある。煙をあげるそれは先程まで眼前に迫っていたものだ。

「安室さんっ!!」

 少年の叫びに、名前は我に返る。未だ零の腕にとらわれたままではあったが、状況を把握するほどの冷静さは取り戻せた。
 降谷零はRX-7をぶつけることによって、江戸川少年を乗用車から庇ったのだーー。
 右前部が大きくひしゃげた降谷零の愛車。しかし彼はそれを気にも留めなかった。
 それどころか彼はひび割れたフロントガラスをその手で砕き、叫ぶ。「行けっ!!」と。
 少年は間違いなく彼の言葉を受け取った。頷き、彼は再び走り出す。
 その後を、少し遅れて零も追いかけた。
 ようやく彼から解放された名前は深い息を吐き、ずるずると背もたれに沈みこむ。

「あなたといると心臓がいくつあっても足りないわ……」

 手を当てると、まだ緊張の覚めない心臓の音が聞こえてくる。
 なのに零はそれすらも面白いと言わんばかりににこりと笑った。

「でも退屈しないだろ?」

 ーーそういう問題じゃない。
 言いかけて、名前は口をつぐんだ。退屈なんてするはずがない。だって、彼が隣にいるのだから。
 それは結局彼の言葉を肯定するということで、しかし彼の犯す危険を認めるわけにもいかなくてーー名前は「もう」と口を尖らせた。

「あと一時間弱!?」

 誰かにーー恐らくは阿笠博士に電話をかけていた少年が声を上げた。それは無人探査機<はくちょう>が大気圏に突入するまでの時間を示していた。
 時間がない。それは少年だけでなく、名前も感じる焦りだった。

「やはり犯人は……」

「ああ!NAZUに不正アクセスして落とすつもりだ!!」

 羽場二三一の命日。そして無人探査機の地球帰還日。公安警察に復讐するためならこれほど都合のいい日はないだろう。
 だが、まだわからないことがある。
 それは<はくちょう>の落下地点だ。犯人がどこに落とすつもりなのか、少年にはまだわからなかった。

「まさか、宇宙からとは!」

 歯噛みしたところで、車はトンネルを抜けた。昼に降っていた雨は上がり、空には薄い雲がかかっている。その向こうから脅威が降ってくるとは到底思えなかった。
 その時、降谷零の元に一報が入る。

「なんてことだ……」

 送られてきたデータは、少年の推理を肯定していた。<はくちょう>から分離するはずのカプセルがNAZUの制御下を離れ、犯人の手に渡ったのだ。
 降谷零は呟き、隣を並走する少年に携帯を見せた。

「やはり犯人の狙いは警視庁……!!」

 画面に浮かぶのは、予想通りの場所。東京都千代田区霞ヶ関ーー警視庁本庁であった。
 しかも報告はそれだけではなかった。
 NAZU地上局から探査機へ送る信号は暗号化されている。だがそのコードがNAZUの預かり知らないところで変更され、探査機のメモリー情報が書き換えられなくなったのだ。

「つまりそのコードを犯人が変えたってこと!?」

「あぁ。NAZUに不正アクセスして探査機の軌道を変えたときに!」

「変更したコードを聞き出さないと!」

 どうするーーそう冷や汗を流す少年に、零は静かな目を向けた。

「そのために『協力者』になってほしい」

 どこで手に入れたのか。彼はポケットから真っ二つに潰された盗聴発信器を取り出した。
 それを少年に見せ、「こんなスゴイ物を開発する博士に」と続ける。

「何をするの!?」

 少年のごく自然な問いに、零はニヤリと片頬だけで笑った。

「死んだ人間をよみがえらせるのさ!」

 意味深な、悪戯っぽい微笑。
 彼の企みを聞き、最初は少年も目を丸くしていた。けれどその顔にも零と同じ笑みが広がる。
 ふたりには絶対的な隔たりがある。けれど、この時ふたりの目的は確かに一致していた。