(太公望+姫発)×太公望妹弟子


 ーー姫発が父、西伯侯姫昌ほどの器の持ち主か量ってほしい。
 周公旦に頼まれ、繁華街へと向かった太公望はしかし、彼の描いた似顔絵の役に立たなさに弱り果てていた。
 これを手がかりに姫発を探せというのか……。
 頭に布を巻いていることしかわからないじゃないか、と太公望は頭を抱えた。一度会ったことがあるとはいえ、それはあまりに僅かな時間のこと。とてもじゃないが記憶は曖昧で、どうにも思い出せそうにない。

「あれ?太公望さんじゃないですか」

 そんな太公望の背に声がかかる。軽やかな、少女の高い声。それは聞き慣れたもので、

「おお、名前……」

 ちょうどよかった、と太公望は振り返った。
 そこにいたのは思った通り、太公望の妹弟子ーー名前であった。
 けれどその姿にーー少女の隣に立つ男の姿に、太公望は固まった。
 しかし名前はそんなことには気づかず、いつもの笑顔で小首を傾げた。

「どうしたんです?こんなとこで……珍しいですね」

「お、」

「あっ、さては太公望さんもそこの茶館の蒸し菓子の美味しさを聞きつけてきたんでしょう?わたしも食べましたけど本当に美味しかったですよ!たぶんまだ残ってるはずだからーー」

 少女は極めて饒舌だった。元来明るいのが彼女の特徴ではあったが、今は特にといった様子である。
 それも太公望には引っ掛かった。引っ掛かったが、それ以上にーー

「なぜこんなところにおぬしが、しかも見知らぬ男を連れているのだ……!」

「痛い痛い痛いです……っ!」

 太公望はつかつかと歩み寄ると、名前の両頬を思いきり引っ張った。
 ここは繁華街、とはいえ色里ではないし、しかも今は昼間だ。さしたる危険はないだろう。
 だがこの辺りには酒楼が多い。酒の入った無頼漢もふらついている。名前がそういった手合いに負けるとは思えないが、現に今、彼女の隣には太公望の知らない男がいた。ーー知らない男と、腕を組んでいた。
 太公望は名前を叱りつけながら、そっと男を観察した。
 名前より少し年嵩の男。目許は涼しげで、存外整った面立ちをしていた。身なりもそれなりで、黒い袴子の裾は長沓の中にきっちりと仕舞われ、育ちの良さが伺える。
 悪い男ではないようだがーー
 太公望の胡乱な眼差しに気づいたのか、男はほんの少し眉をひそめた。
 が、すぐに気を取り直し、「あんたこそなんなんだ」と名前の腰を引いた。
 それもまた、面白くない。

「おぬしこそなんなのだ。こんなところを連れ回すなど、保護者として見過ごせんのう」

「保護者って……名前はもう子供じゃねぇだろ」

「いや子供だ。何せ底抜けのお人好しで疑うことを知らん」

「まぁ確かに、バカなヤツだけどよ」

 過保護すぎだ、と呆れた風に男は太公望を見下ろした。その余裕にもなぜだか胸がさざめく。これは苛立ち、だろうか。
 そんな思考を阻んだのは、やはり名前であった。
 彼女は頬を膨らませ、「そこまで言うことないじゃないですか!」と太公望の胸を叩いてきた。

「わたしは自他共に認めるバカですけど!言っていいことと悪いことがありますよ!!」

 少女の眉はつり上がり、明らかに怒っていた。けれど抗議する手は太公望に痛みを与えず、むしろ彼女の目が自分に向いていることに一抹の安堵を感じた。
 しかし彼女はそれさえ吹き飛ばす。

「だいたい!発ちゃんさんといるのの何が悪いんですか!姫昌さまのお子さんなのに!」

 名前は知らなかったーー太公望が姫発と知り合っていないことに。
 そして太公望もまた知らなかったのだ。名前がとうに姫発と出会っていたことに。

「姫昌の子供……?」

 太公望は震える手で男を指差した。
 名前は「発ちゃんさん」と言った。それが発ーー姫発を指していることに、ようやく太公望は思い至る。

「おいあんま大きな声で言うんじゃねぇよ」

「あっ、ごめんなさい……そうでした、発ちゃんさんは恥ずかしがりなんで太公望さんもそのへん気をつけてくださいね」

「なんだその自己解釈……」

 名前と軽快なやり取りをする青年。その姿とかつて見た姫発の顔がようやく太公望のなかで重なる。
 重なり、そしてーー

「はぁぁぁぁ……」

 大きな溜め息となって太公望の口から吐き出された。

「名前はどうやって姫発と知り合ったのだ?」

 西岐城に戻った太公望は、早速名前を問い詰めた。姫発はといえば城に戻されるは、着くなり着替えさせられるはで不貞腐れている。
 それを宥めていた名前は、「ああ……」と笑いながら記憶を辿った。

「発ちゃんさんにナンパされたんですよ、わたし」

「なん、」

 ナンパだと……?
 やはりこの男、第一印象通り軽薄だったか。
 そう太公望が視線を向けると、姫発は慌てて手を振った。

「なんもしてねぇよ!つーか今じゃただのダチだしな」

「本当か?」

 姫発に聞いても意味がない。
 名前に訊ねると、彼女は「はい!」と元気よく返事をした。その表情に後ろ暗いところは見受けられない。第一名前は嘘が下手だ。下手すぎて見破られなかった試しがないほどに。
 だからまぁ、彼女にとって姫発は"友人"なのであろう。ーー今のところは。

「ていうか太公望さんが発ちゃんさんを知らなかったのにびっくりですよ」

「わしはわしで忙しかったのだ」

 とはいえ名前に先を越されたのも、彼女の交遊関係を把握できていなかったのも事実。
 これからはもっと気を配らなければーー。
 姫発と笑い合う名前を見つめ、太公望は思った。それがなぜなのかには目をそらして。





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お題箱より。
ありがとうございました!