武官、金鰲島に潜入する
金鰲島の内部はそれ自体がひとつの世界のように作られていた。
「こんなにも広いのですね……」
「うん……、どうやら崑崙よりもずっと文明が発達しているようだね」
ドドメ色チームーーもとい、名前、太公望、普賢真人、四不象は太公望専用黄巾力士に乗って金鰲島に入り込んだ。
空に幾つも浮かぶ球体とそれらを繋ぐ空中回廊。崑崙山よりも、そして地上よりも発展した金鰲島の造りは、名前に大きな驚きをもたらした。
これほど巨大で複雑な建築物をどのようにして造り上げたのだろうか。名前には見当もつかない。
これでは迂闊に手出しもできないな、と名前は球体を見下ろし溜め息を吐いた。
敵地奥深くまで入り込んだ今、補給物資を調達するには敵からの略奪が最も手っ取り早く、かつ定石である。欲を言えば補給線を作り、敵地にて肥沃な土地を奪いたいところだがーーそうもいかないらしいことは、金鰲島の内部を一度見渡せば判然としていた。
「なに、案ずることはない。あちらとて持久戦には持ち込む気はないようだし、それにこちらには普賢のレーダーもある!十天君の不意を突くことも可能であろう」
「うん、そうだね」
太公望の言葉に、普賢真人は膝の間で抱えていた宝貝を少しだけ持ち上げてみせた。
普賢真人の宝貝、太極符印。元素や重力の操作など、どうやら多方面に応用が可能らしい宝貝だがーー
「ですが普賢さま、宝貝を常に起動し続けて大丈夫なのですか?お体の方は……」
普賢真人はその性格同様、儚げな容貌をしている。太公望ら他の仙道もその食生活のためか線の細い者が多かったが、普賢真人はそのなかでも特別華奢である。
けれどそんな名前の危惧を、普賢真人は小さく首を振ることで否定した。
「大丈夫だよ、僕だって十二仙のひとりだもの。でも心配してくれてありがとう」
「いえ、要らぬ心配ならば良いのです」
普賢真人の微笑につられ、名前も頬を緩める。
普賢真人と話しているといつもそうだ。なぜだか心が凪ぎ、いつしか穏やかな空気が周囲を取り巻いている。戦の前も、そのただ中であっても。
彼と話していると、不安や焦燥などは溶かされてしまうのだった。
だからか、補給線が確保できていないこともそこまで深く気に止めていなかった。十天君との交戦も、相手がその気である以上、すぐに始まるものと高をくくっていた。
それが、まさか。
「一日かけて、収穫なしとは……」
「うん……これはさすがに予想外」
丸一日。金鰲島の中を飛行しているというのに十天君どころか下っ端の妖怪仙人すらも名前たちの前に姿を現さなかった。
「うむ……そろそろ休息をとらねばならんかのう……」
うつらうつらと首を揺する四不象を見やり、太公望は溜め息を溢した。
空のない金鰲島にいると時間の感覚が薄れてくるが、恐らくいつもの就寝時間はとうに過ぎているだろう。四不象がうたた寝をしてしまうのも無理ない話だ。
「でも休息といってもどうするの?周りは星ばかりだし……」
「そうだのう……」
思案げな太公望に、名前はそっと提案した。
「やはりどこか小さな星を奪取するしかないのでは……?」
重地ーー敵地奥深くが戦場となった場合、補給線の確保は難しい。基本的には敵の物資を奪うことが相手の力を削ぐことにも繋がるので常道とされている。それに何より、こうして敵が姿を現さないのが作戦なのだとしたら、こちらが疲弊するのを狙っているということになる。休息を取り、態勢を整えなければ聞仲の思う壺だ。
「もちろんお二方の手は煩わせません。十天君との戦いに備えていただかなければなりませんし、小さな星のひとつくらいならばわたしでも落とせましょう」
「しかしなぁ……」
名前程度が思いつく考えなど太公望にだって考えつかないわけないだろう。朝の気は鋭く、昼の気は惰、暮れの気は帰というのが定説だ。今必要なのは休息だと太公望だってわかっている。
それでもすぐに受け入れられないのは、ひとえにその優しさ故だろう。
「いいじゃない、任せてみれば」
思い悩む太公望の背を押したのは、やはりというか普賢真人だった。
彼は名前に微笑みかけた後で太公望に向かって言葉を重ねた。
「大丈夫だよ、もしもの時には助けに入ればいいわけだし……この辺りは中枢から距離があるから危険は少ないはずだし」
「うぅむ……」
太公望はなおも躊躇いをみせた。が、結局は「わかった、おぬしの好きにせい」と折れた。
「じゃあ頑張ってね、名前」
「はい、お任せください」
その言葉は名前を認めてくれたかのようで。
気の抜けない状況だというのに、名前は普賢真人と微笑みを交わしてしまった。