武官、太公望に寄り添う
結論から言って、星を落とすのはあまりに簡単なことであった。普賢真人の言ったように弱い妖怪仙人しかいなかったせいだ。
とはいっても彼らも妖怪仙人の端くれ。名前が単身乗り込むやいなや、喜び勇んで突撃してきた。お陰で名前としても戦いやすくなったのだが。
「ありがとう、これで少しは休めるね」
名前を拍手で迎えた普賢真人は、やはり微笑みながら星の中にあった椅子に腰を下ろした。
目を覚ました四不象からも「助かったっス!」と感謝を述べられ、名前は面映ゆさに視線をさ迷わせた。
「あ、あの、どうやらここには浴場もついているようなので、その、良かったら湯浴みでも……」
話を変えようとした名前の目に留まったのはひとつの扉だった。その先に浴場が続いていることは先ほど探索した時に見つけている。
だが太公望も普賢真人も首を振った。
「いや、これはおぬしの戦果だろう」
「そうだよ、名前。先に入っておいで」
二人にこう言われては従う他ない。
「ではお先に失礼しますね」
「うん、ゆっくりしておいで。望ちゃんのことは僕が見張っておくから」
「そうっス!御主人に覗きなんてさせないっスからね!安心してくださいっス!」
「な、濡れ衣は良くないぞ!大体覗きというならスープー、おぬしの方こそ前科が……」
「あぁダメっス!それは名前ちゃんには内緒なんスから!!」
「ふふ……」
明らかにからかっているだけの普賢真人と真剣に言っている四不象、そして彼らに乗せられている太公望。騒がしい三人を残し、名前は一足先に体を温めに向かった。
残念なことに、妖怪仙人の住み処には、名前たちにも食べられそうなものは果物くらいしか置かれていなかった。名前がその中のひとつ、夏蜜柑を蜂蜜で煮ることで三人は少しばかりお腹を満たした。
水を補給できたのも幸運だった。これであと数日は戦えるだろう。
「こうしてみんなで横になるなんてなんだか楽しくなっちゃうね」
巨体の妖怪仙人用だろうか。いやに大きな寝牀に四人並んで眠りに就こうとしたところだった。
普賢真人の微笑む気配がして、名前も頬を緩めた。
「そうですね」と答える名前が思い出すのは地上での記憶。家族と共に過ごした時間や、蝉玉と枕を並べた夜のことだった。そしてそれらは名前に活力を与えてくれた。
「しかし普賢さま、レーダーを起動したままで本当に休めるのですか?」
睡眠を取ろうと決めた時、最初名前は自分が見張りをすると買って出た。
けれどそれは普賢真人に却下された。自分の宝貝をオートモードにしておくから問題ない、と。
そう言われても案ずる名前に、普賢真人は頷いてみせた。
「大丈夫、レーダーだけなら僕が眠ってても問題なく動くようになってるから」
「そう、ですか……?」
しかしここまで普賢真人の世話になってもいいのだろうか。
名前が口ごもったところで、二人に挟まれた太公望が見計らったかのように咳払いをした。
「おぬしら寝るなら寝るでさっさと眠らんか。そう長くは休めんぞ」
「ご、ごめんなさい……」
「ふふっ……うん、ごめんね、望ちゃん。もう邪魔はしないからさ」
普賢真人はそう言うと、言葉通りすっかり押し黙った。
やがて微かな、けれど規則的な呼吸音が聞こえ始める。名前の左隣からは四不象の健やかな寝息も。
そして、右隣からはーー
「……眠れないのですか、太公望どの」
室内に満ちるのは静寂ばかり。けれど名前には感じ取れた。眠る普賢真人と四不象、そして彼らとは対照的な太公望の様子が。
彼の心音は常とは異なっていた。常よりも速く、鼓動を刻んでいた。
「ーーあぁ、」
一拍。間を置いてから、太公望は頷いた。
それは抑えたような声音だった。けれど心臓の音は隠せない。緊迫した心に嘘は吐けなかった。
「きっと、気が昂っているのでしょう。こんな時ですもの、仕方ありません」
「そう、だな……」
落ちた星の中では、灯りのない暗がりの中では、太公望の顔色がはっきりとはわからない。それがひどくもどかしいと名前は思った。すぐ隣、身を寄せるだけで触れることはできるのに。
名前には太公望の不安も緊張もーー背負った命の重さも、何一つとして肩代わりすることができなかった。
ーーだから、せめて。
「……名前?」
「……眠れない時はこうするとよいのだと。幼い頃、母がよくわたしにしてくれました」
名前は手を伸ばした。ほんの少し体を浮かせ、距離を詰めて。
太公望を抱き締めた名前は、その背をそっと撫でた。
「……わしは子供ではないぞ」
「知っています。でも、時にはそうしてもよいのではないでしょうか」
太公望と名前にさして身長差はない。名前が彼の肩に顔を埋める格好になっているということは、彼もまた同じで。
名前が感じている温もりも彼に伝わっていればいいと、そうであってほしいと願った。
「せめて、今だけはお休みください。すべて忘れろとは言いませんけど、どうか……」
「…………、」
太公望が息を吐く。それを名前は耳許を掠める風で感じた。長く深い吐息が吐き出されるのを。
そうするのと同時に、太公望の体から力が抜けていく。名前の肩にかかる重さが増し、太公望から身を預けられているのだと名前は肌で理解した。
「……おやすみなさい、太公望どの」
彼は答えなかった。ただ僅かに身動ぐ気配がした。
名前は太公望の髪を撫でた。微かに湿り気を帯びた黒髪を。静かに髪をとき、彼の鼓動に耳を澄ませた。
強張っていた太公望の心臓。それは名前が身を寄せ、心音を重ねたことで溶け合っていた。穏やかに、緩やかに。脈打つ音に、名前は胸を撫で下ろした。