豊水西岸4
しかし悪いことほど続くというもので。
「こんな御祭り騒ぎにわらわを招待しないなんて太公望ちゃんのいけずん{emj_ip_0834}」
胡喜媚だけでなく妲己までもが巨大な鳥に乗ってやって来た。おまけにその後ろには申公豹までいる。
しかも、それで終わりじゃない。
「アン・ドゥ・トロワ!!」
「……!!」
空から降り注ぐ幾筋もの閃光。それらは的確に名前たちの位置を狙って放たれたもので。直撃を受けた城壁は簡単に瓦解し、地面は大きく削り取られた。
そんな聞仲並みの攻撃をする仙人といえばーー
「この仙人界のプリンスと姫たちも参戦させてもらうよ!!」
趙公明とその妹たちくらいなものだ。
趙公明といえば、名前の記憶にも色濃く刻まれている。何せ名前はまんまと彼の手にかかり、囚われの身となってしまったのだから。それに何より趙公明と太公望の戦いでは、あの太公望が封神されかけるほどに熾烈を極めた。あの仙界大戦の次に激しい戦いだったと言ってもいいだろう。
そんな彼まで現れたとあっては最早収拾がつかない。
「太公望さん……!」
名前は青ざめ、助けを求めた。これまでずっと傍観の姿勢を貫いていた彼に。
ーーけれど、太公望は笑っていた。
覚えのある、片頬だけ持ち上げた笑い。それは彼に策があることを示すもので。
「……大丈夫だ」
名前から未来の太公望までは距離があったし、名前は名前で趙公明の攻撃を凌ぐので精一杯だった。だからその笑みの真意を問うことが名前にはできなかった。
それでも名前は彼を信じようと思った。いつだって、これまでのどんな戦いだって、彼は切り抜けてきたのだから。
「スーパー宝貝金蛟剪!!」
趙公明とその妹たちの掛け声。それと共に空からは九匹の龍が駆け降りてきた。七色のそれは金蛟剪本来の力を発揮しているという証で。
「……信じますよ太公望さん!!」
名前は龍たちを引き付けるため、過去の太公望たちと共に地を蹴った。
駆けて、駆けて、駆けて。ただひたすらに龍の攻撃を躱し、名前たちは逃げ続けた。
武官として生きてきた名前にとって現状は本意ではない。しかしそれは天化や黄飛虎も同じで。
「クソ……ッ!やられっぱなしってのはメチャクチャ腹立つさ!!」
「接近戦に持ち込めりゃあなぁ……」
「そのためにも今は機を伺う他ないでしょう……!趙公明が消耗した隙を突けばあるいは……」
「つってもよぉ……!」
黄飛虎は悔しげに後ろを振り返る。そうしている間も龍の勢いは衰えることを知らない。大地を喰らいながらも減速することなく獲物を追い続けていた。
未来の太公望には策があるらしいが、それでも逃げるばかりなのは性に合わない。
何か変化はないものかーー噛みついてきた龍を剣で薙ぎ払い、視線を宙にやった時だった。
「おまえ僕と殺劫してッ★」
雉鶏精らしく空を飛んでいた孔宣。彼はなぜか味方であるはずの龍に向かっていった。そしてなんの宝貝も持たず、ただその身だけで龍に戦いを挑んだ。
孔宣による体当たり。だがそんなものが金蛟剪に効くはずもない。それは揺るぎのない事実として孔宣の前にあるというのに。
「つえぇッ★楽しいッ★」
孔宣は笑顔のままだった。どれほど血を流そうとも。攻撃が効いていなくとも。
彼は幼子のような無邪気な笑みを浮かべたままだった。
「何やってるんさ鳥人間は……」
「さぁ……でも、とても楽しそうです」
天化と共に龍の喉奥に剣を突き立て、そうしてすぐに飛び退きながら、名前は自身の口許も自然と緩んでいくのを感じていた。
緊迫した状況。打開策は見えず、勝算も薄い戦い。にも関わらず、強敵との手合わせは名前の胸を踊らせた。それに何より、周りには仲間がいる。喪いがたいと思いながらも掌をすり抜けていった彼らが。
過ぎ去りし日々と同じように、共に戦っている。同じ戦場に、名前も立つことができている。
背中に感じる温もり。交わる呼吸音。名前と共に振るわれる宝剣。踏み出す足に迷いはなく。剣の軌道がぶつかることもなく。まるで最初から一対だったかのように、二人の剣は踊っていた。
「……わたしも、」
「え?」
「わたしも、嬉しいです!皆と、ーーあなたと、背中を預け合えて!!」
それは、叶わなかった夢。遠い日に思い描いていた理想だった。
ーーそれが今、ここにある。
これほどの喜びが他にあるだろうか。
「……俺っちも!」
天化はニィッと口角を上げた。その笑みは孔宣と同じーー純粋で真っ直ぐな、今なお名前の胸で光り続ける輝きだった。
そしてきっと、名前も似たような笑顔を浮かべているのだろう。天化の瞳の中に映る己を見、名前は笑みを深めた。