新たなる日々
バーボンは安室透という名前になった。そしてノーリは名前という名を貰った。番号で呼ばれないのは久しぶりだ。
名前は透の従妹という設定らしい。「しっかり覚えるのよ」ベルモットから渡された資料には名前についての細かな設定が記されていた。父子家庭で育った17歳の一人娘、名前。彼女は父親の単身赴任がきっかけで帝丹高校に編入し、従兄の透のもとで生活するようになる……らしい。なかなか無理のある設定ではなかろうか。そもそも名前は17歳ではない。正確な年齢は分からないとはいえ、20歳代前半だと思われる。
「大丈夫ですよ、キミ、童顔だし」
爽やかに言い切るバーボン、もとい透。そう言うあなたこそ随分とかわいらしい顔立ちをしている……とは言えないので、名前は「そう」と言うにとどめた。
「僕の従妹ってことなら敬語はおかしいですよね……」
新居を片付けながら、透は顎に手をやる。彼はこれから探偵稼業を始めるらしいが、なかなかどうして似合っている。もしや天職ではなかろうか。
「あなたの好きにしたらいい」名前は段ボールを開けながら答えた。中身は高校生の教科書、制服、鞄の類。試しに制服を広げてみる。……これを毎日着るのか。そう考えると何とも言えない気持ちになった。
「じゃあ好きにさせてもらうよ」
一気にフランクになった。そういうキャラ設定でいくのか、と納得する名前。確かにこの方が相手の懐に入り込みやすいだろう。
対する名前はオリジナリティあるキャラ作りなんて器用な真似はできないので、ベルモットにすべて丸投げだ。彼女の考えてくれた、『従兄のことが好きで好きでたまらない、大和撫子系敬語妹キャラ』を演じるのみ。「こういう子が日本では人気らしいわ」と、ベルモットからは参考資料として日本のコミックを貰ってきた。長い黒髪を靡かせた女の子のイラストが表紙の本。なるほど、日本人はこういう女の子が好きなのか。思わず、バーボンもそうなのかと考えてしまったのは内緒だ。
「そうだ、夕飯は何がいい?」
バーボン……ではなく、透がそう言ったのは、荷物があらかた片付いた頃だった。
透は凝り性らしく、仮の宿だというのに内装に拘るものだから日暮れまでかかってしまった。北欧風にコーディネートされた室内。ベージュとブラックで統一された部屋は落ち着きがあるが、観葉植物の配置にまで細かく指示を出され、名前は精神的に疲れていた。
とはいえ、透の発言は聞き流せない。
「あなたは忙しい身なんだから、家のことくらい私がやる」
バーボンという男はいつもこうだ。なんでも一人でこなしたがる上、それが通用してしまうのが恐ろしい。というか、困るのだ。あまり無理をされては。名前には約束がある。『アイツの力になってほしい』そう言った彼を裏切るわけにはいかないのだ。
名前の言葉に、透は眉を下げた。
「今日は何もしてないし、第一料理は嫌いじゃないんだ」
「そう言って、明日も明後日もやる気なんでしょう?」
食い下がる。と、透は降参の意を示した。「分かった、分かったよ」言質も取った。名前の勝利は目前だ。
「とりあえず今日は僕が作る。けど、仕事のある日は名前に任せるよ」
完全勝利とはいかなかったが、頑固者相手にはまずまずの結果ではないだろうか。幸先がいい。笑みを浮かべると、透も笑った。
「キミってやっぱり変わり者だ」
透はそう言ったけれど、嫌な感じはしなかった。それはきっと彼に敵意がないからというだけではなく、彼とスコッチが似ているからだろうと名前は思う。性格が、とい意味ではない。しいて言うならば、彼らは匂いが似ていた。そしてそれは名前が好ましいと思うものだった。