元武官、婚姻に懸念を抱く
蝉玉結婚の報はその日のうちに一家の話題の中心となった。
とはいっても話すのは名前と天祥ばかりで、天化はといえば専ら聞き手となっていたのだが。
「結婚式ってどんなだろ?ボク参加したことないんだよねー!飛刀は?」
『あるわけないだろー?』
夕食を囲みながら、天祥は飛刀へと訊ねる。刀のくせに器用にも座具に落ち着く妖精へと。
そう、なんの因果か。余化から奪い取った形となった刀の妖精、飛刀はこの蓬莱島にあっても天祥の傍らにあった。さながらそれは武成王の形見のごとく。
けれどそんな複雑な来歴など感じさせないといった具合で、黄家の二人は振る舞う。
兄である天化もまたカラカラと笑いながら、「そりゃそうさ」と言った。
「こんな物騒なモン、目出度い場に相応しくねぇさ」
「それじゃあ飛刀はお留守番なのかな?ねぇ、名前姉ちゃん」
眉尻を下げ、悲しげに瞳を潤ます天祥。そのいたいけな様といったら!名前はたちまち言葉に詰まった。
親友の晴れの舞台。であるならば勿論、流血沙汰を連想させるものは持ち込みたくない。そもそも飛刀は参加者として数えられるのだろうか。いや、妖怪仙人もいるのなら一人と数えるのに不思議はないのだろうか……。
思い悩む名前に。
「……なら体に縛りつけておけばいい。余計なことをしでかさないように」
助け船を出したのは、意外なことに沈黙を守っていたナタクであった。
黙々と箸を進めていた彼は、それだけ言うとまた食事へと意識を戻していく。そんな発言など嘘のように。『なんだとぉ!?そんな横暴認められるか!!』そう叫ぶ飛刀を無視して。
けれど天祥はナタクの助言に目を輝かせた。
「それなら飛刀も一緒に行けるかなっ!?」
「……ええ、そうですね。天祥さんがしっかりついていてくれるなら安心です」
ならばもう、名前に言うことはない。天祥の楽しみを奪うことなどできるはずもなかったし、ナタクの助言が最善であることも明白であったのだから。
「よかったな、天祥。ちゃあんと飛刀が悪さしねぇよう見張ってるんだぞ」
「うん!任せて!!」
頭を撫でる兄と、胸を張る弟。微笑ましいとしか言えない兄弟のやり取りに、自然名前の胸も温かなもので満たされていく。
これ以上はないという充足感。これこそが守りたかった日常なのだと名前は思う。このために戦ってきたのだと。ーー戦ってきて、よかったのだと。
「しっかしあのモグラが結婚かー……」
それは感慨深いというよりは怪訝そうな声音。呟いた天化の表情もそれと同じでいまいち納得がいかないといった風である。
そしてそれは名前にも覚えのあるもので。
「意外ですよね、あの土行孫どのが受け入れるなんて」
「意外っつーか……、アイツがそれをよしとするとは思えねぇさ」
「それは……確かに」
この発言。ともすれば友への侮りとも受け取られかねないものだが、無論名前にそんな意図は毛頭ない。
そう言ったのは、ひとえに土行孫の日頃の行い故である。日頃のーーつまりは女癖の悪さ、惚れやすさに。名前はほとほと呆れ果てていたものだから、蝉玉の報告に喜んだと同時に驚いてもいた。
果たして諦めの悪い彼が、例え強引に事を進められたとしてそれを易々と受け入れるだろうか。しかも今、現在進行形で。彼の性格を考えれば、否定にすら現れないというのは少々おかしな話だ。
それは天化との会話の中でなおのこと強まった。
……本当に、蝉玉は了承を取ったのだろうか。
多少強引な手段を使ったとしても名前に口を挟むつもりはない。
……ない、けれど。
「……蝉玉さんは大丈夫かしら」
名前が案じるのは親友のこと。もしも土行孫が土壇場で逃げ出したら。
ーー彼女はどれほど悲しむだろう。
それはあまりに胸の痛い想像だった。ただの空想に過ぎないのに、彼女が泣く姿を思っただけで、名前の胸はぎゅうっと締めつけられた。
そう、目を伏せた名前に。
「……大丈夫さ、絶対に」
天化は手を伸ばした。その髪に触れ、天祥にしたようにーーけれど弟にするのとは違う甘やかさの滲む手つきで、そっと撫でていく。一本一本、心すら解すような柔らかさでもって。彼は名前の長い髪を梳いていった。
「大丈夫、なんたって名前の親友の結婚式だ。絶対俺っちが完遂させてやっから」
「天化さん……」
力強い言葉をくれたのは何も天化だけではない。
「そうだよ、名前姉ちゃん!よくわかんないけどボクも結婚式楽しみだから中止になんてさせないよ!!」
『オレもよくわかんねぇーが暴れろってんなら任せとけ!!』
「……オレも、骨のあるやつがいるなら戦いたい」
「皆さん……」
天祥も飛刀も、そしてナタクも。天化とは違い、名前の懸念を彼らが理解しているわけではなかったけれど。
それなのに励ましてくれるのが嬉しくて。申し訳ないとも思うのに、涙腺が緩んでしまう。
だから名前は目許を拭った。
拭って、そうして。
晴れの場に相応しい笑顔を浮かべた。
「ええ、絶対に成功させましょうね」
「うん!楽しいのがいいよね!!」
「ふふ、そうですね。それが一番ですものね」
天祥と話しているともやもやとしていたものも薄れていく。
名前は天祥に笑みかけ、それからそっと天化に囁いた。
「ありがとうございます。自惚れていいなら、わたしのために言ってくださったのですよね」
耳許で。頬の熱が掠めるほどの近距離。それが当たり前になって一月は経っている。にも関わらず、灯る熱は以前と変わりない。今だってまた、耳打ちする名前の頬には朱色が咲いていた。
「……それ以外に何があるんさ」
そんな名前に。天化は呆れたように口を開く。
「二人とも仲間だけど。名前は“トクベツ”さ。……だからそっちにつくのは当然だろ?」
呆れたように。ーーけれど、その目許は赤らめて。
気恥ずかしそうに、天化は名前にだけ聞こえる音で言葉を紡いだ。