ままごと遊び
ジョルノと共に階下へ降りる。と、丁度フーゴがナランチャに一枚のメモを渡しているところだった。会話から察するにそれが買い物リストなのだろう。
「いいですね……、買い物はしなくっちゃあ重要なことです。しかし……この“隠れ家”がバレるのは絶対に阻止しなくてはいけません……」
「わかってるってェ〜〜〜くどいなあ〜〜〜、まかしといてくれッ!」
言っている内容は物騒そのもの。けれど言い聞かせる様子は幼子の初めてのおつかいといった風だ。フーゴはいたく心配していたし、その反対にナランチャは胸を叩いて自信のほどを示していた。
が、しかし。
「よし……今言った“手順”を最初から繰り返して言ってみて……」
「………………」
フーゴの質問に。テストとばかりに出された問いに、ナランチャは答えられない。一瞬、考えるように視線をさ迷わせ、それから。
「買い物が済んだらワイン畑をぐるぐる回ってェ……あイっ!」
まったく見当違いの返事。ジョルノは目を丸くしたし、アバッキオは呆れて長い息を吐く。
そしてフーゴは真顔で車のキーでナランチャの腹部を突っついた。
威力としてはさほどのものでもない。が、フーゴが扱うとなれば話は別。彼に躊躇いはなかったし、骨と骨の間、柔らかい肉の部分を的確に狙っていた。
「いでぇぇッ!な……何すんだよォーーッ」
「違うだろ……!ふざけてんじゃあないぞッ!もう一ペン最初から言ってみろ」
「………………」
突然の攻撃に悲鳴を上げるナランチャ。けれど再度質問されるとその口は静まり返る。
先程よりも困惑の滲んだ顔。そのままに、ナランチャは答えを導き出す。
「ぐるぐる目を回さないように運転してェ……イぎィ!」
またしても、見当違いの答えを。
「何なんだよォォオーッちょっとアバッキオ、フーゴに“鍵”でつっつかないように言ってやってよーッオレの方が年上なのによォーッ」
「ぼくはやっぱりこいつに“買い物”行かせんのは心配ですッ!」
「“つっつく”“つっつかねー”はおめーらの間での問題だ……だがな……!」
ナランチャは涙目でフーゴを非難するし、フーゴはフーゴで厳しい顔のまま。お互いを指差す彼らに、しかしアバッキオは慣れたもの。
「ナランチャの“スタンド能力”ならもしいたとして尾行者を阻止すんのに安心だからブチャラティはナランチャに行かせろって指示したんだ」
「そ、それはそうですが……」
二人の言い分など完全に受け流し、冷静に語る。
ブチャラティ。リーダーの名に、フーゴは言葉を詰まらせる。
不安は未だある。が、決めたのはブチャラティだ。リーダーが決めたことにいつまでも文句は言ってられない。
「だからよーするに尾行されねーで帰ってくりゃあいいんだろーーッ“尾行”によォーーッ」
「……よし、決まりだな」
重要なのは“尾行”されないこと。その手段については二の次だ。フーゴの言うようにできなくとも。スタンド能力を使ってでもなんでもいい。ともかく“裏切り者”からトリッシュを護ることができればそれでいいのだ。
アバッキオが頷き、彼の言葉にフーゴも不承不承言葉を飲み込む。が、その目は相変わらず心配そうにナランチャを見ていた。
だから名前は階段を降り、ナランチャの元へ向かう。
「でもフーゴの言うことは尤もよ、ナランチャ……。買い物が済んだら尾行する者がないか確認する、それから車を乗り替える、……忘れちゃダメよ?」
「わーってるって!大丈夫だッ!」
「そう、ならいいけど」
ナランチャの肩に手を置き、子供にするように言い聞かせる。大事なところ、それだけを復唱して。
これだけ言っておけばさすがのナランチャもこの会話を頭の片隅にくらいは残しておいてくれるだろう。
そうフーゴに目配せすると、彼もほんの少し表情を和らげた。
「それじゃあ頑張ってね」
「あぁ!」
「買い物メモと地図は持った?」
「ポッケに入ってる!」
「お金は大丈夫?」
「さっきブチャラティからもらった!」
「ナイフは?」
「それもある!」
「なら安心ね」
そんな会話を繰り返し、名前はナランチャを見送った。
ナランチャの“能力”を信頼している。だからその点に関してはーー“尾行者を撒く”という一点に関してはーーまったく不安はない。
ないが、それでも気にかかる。例えば事故を起こしやしないかとか、リストを無くして買い物ができなくなるとか、お金を落としてしまうとか……そんな目に遭いはしないか、と。心配しすぎだとはわかっているのだけれど、それでも。
「…………、」
ナランチャの乗る車は影さえとうに見えなくなった。その残滓さえないというのに、名前はワイン畑から目を逸らせない。その向こうを見つめ、息を吐く。
と、その音が同じ調子のそれと重なった。
顔を上げるとフーゴがまったくおんなじ顔をしていた。名前と同じに、ナランチャのことを気にして。
「……心配よね、やっぱり」
「ええ、だってあの様子ですよ?ちゃんと買い物できるのか……」
「そうよね……」
名前はフーゴと顔を見合わせ、再び物憂げな溜め息を吐いた。