異なる世界の彼と


二部『封神演義外伝沿い』のIF
<太公望と旅に出た武官>と<平行世界(過去)の天化>







 未来から来たというもう一人の太公望。その傍らに寄り添う少女もまた天化には覚えのあるもので。

「……あんたも未来から来たってのか」

 思わずこぼれた呟き。それに彼女ーー名前は仄かな笑みで答えた。
 天化の知る彼女はそんな笑い方をしなかった。もっと明るい、日溜まりと爽やかな風を感じさせる笑顔をしていた。
 なのに今の彼女からはそれがない。思い浮かべるのは月明かり。頼りなく儚げに揺れる月光のようだと天化は柄にもなく思った。

「なんであんたは師叔と一緒に?」

 聞いてから、しまったと天化は眉をひそめた。未来から来たという少女。即ち彼女は未来を知っている。天化の未来も、この戦いの行く末も。
 だから何を聞いたって彼女には答えられない。困ったように微笑む名前に、天化は「悪い」と頭を掻いた。自覚はないが、どうやら動揺しているらしい。冷静に判じる自分と、理由のない焦燥感を覚える自分が天化のなかにあった。
 名前はといえば、天化の気づきも察した上で、「いいえ」と静かに首を振る。

「……旅を、しているのです」

 それだけを答えて、彼女は口をつぐむ。けれどその目は変わらず天化を捉えて離さない。どこか遠くに馳せられた目。それがまた天化の胸を騒がせる。
 名前は言葉通りに動きやすい服装をしていた。西岐城にいる時のものではない、初めて彼女を目にした時、馬に跨がっていたあの日と同じーーなのにまったく異なる雰囲気を纏って彼女はそこに在った。
 外見は未来から来たというのに今とさほど変わりはない。けれど髪を耳にかける仕草であったり、太公望に視線を流す様子であったりが、少女というより女性のそれであった。
 それに居心地の悪さを覚えるのに、天化の目は彼女に奪われたまま、離せないでいた。

「旅、か……、そういうのもいいかもな」

「ええ……」

 彼女は躊躇った後で、「きっと"わたし"もそう言うと思います」と付け足した。

「きっと……あなたにそう言われたのなら」

 なんてことはない会話だった。なのに彼女は目を細めた。天化が泣くんじゃないかとさえ思うほどに。瞳を潤ませ、天化を見上げた。

「また、あなたに会えてよかった」

 けれど天化の予想とは反対に、名前は微笑んだ。泣きそうに顔を歪めて。それでもなお美しく微笑んだ。
 ふたりの間を風が駆け抜ける。天化は一歩踏み出し、しかし立ち止まった。ここで天化が手を伸ばすべきは"彼女"ではない。

「……俺も、あんたに会えてよかったさ」

 為すべきことがあった。越えたい壁があった。
 そして今、一番に抱き締めたい人がいた。
 その感情の名を天化は知らない。だから彼女につけてもらおうと思った。そうするのが一番いいのだと。そうしたいと願った。
 そう思えたのは"彼女"と出会えたからだ。今目の前にいる彼女がいたからーー太公望と旅をする、天化の知らない彼女と出会えたからーー天化は自身の望みを明確に理解した。
 それを察したのか。名前は笑みを深め、一歩下がった。

「さようなら。もう二度と会うことはないでしょうけど」

「あぁ。……けど、こっちの"あんた"のことは任せとけ」

 天化も笑って、自身の胸を叩いてみせた。
 天化の知る彼女も、目の前の女性と同じ未来を辿るかもしれない。そんなこと天化にはわからない。
 でも、だとしても、天化は彼女の笑顔を守りたいと思った。今ここにある、朗らかな少女の笑顔を。
 彼女ではない彼女は目を見開いた。そしてすぐに目許を和らげ、天化に背を向ける。
 彼女は振り返らない。ただ前を見て歩いていく。太公望の待つ場所へと。
 天化もまた、踵を返す。自身を待つ少女の元へと。決して振り返ることなく、迷わず歩を進める。
 ーー胸に込み上げる想いを伝えるために。