暗殺チーム√【メローネver】
5部主人公が『イタリア育ち』で『暗殺チームに入っていたら』。
主人公はギアッチョの幼馴染み。
原作前設定。
名前はごく一般的なイタリアの家庭に生まれた。厳格な祖父母と真面目で優しい両親。その元で育った名前はきっと当たり前の人生を送っていたろう。マフィアなんかとは関わりのない、普通の生き方を。
けれど名前にはちょっとばかし短気な幼馴染みがいて、そんな彼と共に生きていくのが当然であったからーー名前もまた、パッショーネの門を叩くことになったのだった。
ーーあれから数年。
「……ちょっと、メローネ」
大人になった名前は下町のリストランテで働いていた。無論表向きは、の話だが。ともかく名前はこの仕事が気に入っていたし、長い歴史を持つリストランテのことも好きだった。
なのに、闖入者が現れた。
昼時を過ぎ。行列も捌け、さて休憩でもと思った名前に「知人を名乗る者が来ている」と耳打ちしたのはまだ年若い同僚であった。
その言葉に名前は首を傾げた。ーー知人ですって?来訪の約束があったろうか、と記憶を辿る。が、やはり覚えはない。となれば訝しむのは道理。
不審に思いつつも同僚に礼を言い、示されたテーブルに向かうとそこには。
「やぁ名前……君相変わらずディ・モールトいい顔するなあ……、その嫌悪に歪む顔……うん!スゴク最高にいいッ!」
テーブルに着いているのはひとりの青年だった。日に透ける金の髪が印象的な男。美しい顔立ちをしている。作り物めいた、繊細な顏。
けれどその内側が……つまり性格が手の施しようのないほど歪なのを名前はよく知っていた。同じチームに所属する仲間だからこそ。彼が女にとってどうしようもない男だというのを厭というほど知っていた。
「ところで……なぁ?いい加減子供を産む気になったかい?オレとしちゃあスゴク興味があるんだ……君みたいな矛盾した母親の子供が……いい子供になるかどうかってのがね」
そう、こんな風に。
彼は女を“いい母親になるか否か”でしか区別していなかった。そしてその“いい母親”というのが世間的にはまったくの真逆であった。
要するに、彼に褒められるというのはとても不名誉なことなのだ。だからこう言われて、名前は顔を顰めた。
「そんなことを言いに来たの?だったらお代はいいから帰ってちょうだい。この穏やかな昼下がりに相応しくない話を続けるって言うんならね」
彼の前には食べかけのピッツァがあった。トマトソースとモッツァレラチーズにバジリコをのせたもの。シンプルなマルゲリータを食べ、コーヒーを飲む彼は至極呑気なもの。
「おいおい、つれないこと言うなよ」
なんて悲しげな顔をしてみせるが、まったくへこたれた様子はない。
「オレはな、名前……あんたを評価してるんだ」
「そう、光栄な話ね、ありがとう。でも、だったら私のお願いも聞けるわよね」
「冷たいなぁ〜〜〜……」
そしてそれに心揺さぶられるほど名前は優しくなかったし、純真でもなかった。
下世話な話がしたいならオステリア……居酒屋にでも行ってくればいい。チームに影響のある問題さえ起こさなければ、彼がどこで何をしようが知ったことはない。が、自分の働くリストランテで、それも評判に関わるものはダメだ。名前としては彼のような人間と縁があると思われるだけで大問題なのだから。
と、名前は能面のような顔で淡々とリストランテの出入り口を指差した。ーー帰ってくれ。言外に籠められた思いに気づかないほどメローネは鈍感ではない。ただ、一般的な良心というものが欠けているだけで。
「……このままここに居座るって言うなら、私の大切なお友達を呼んでも構わないと見なすけれど」
「オイオイよしてくれよ……。キミの熱心な信奉者を避けるために、わざわざオレがここに来てやったってのに……」
恩着せがましい言い方をする。が、名前には彼に来てくれなんて頼んだ覚えはない。
ーーそれに。
「信奉者って、……そんなのじゃないわ」
メローネのこの台詞。熱心な信奉者。その響きには呆れのような嘲りのような、ともかく名前にとっては不快な色が縁取られていた。そんなだったから、冷静にと言い聞かせていてもつい、名前の眉間には皺が寄る。
だってそうだろう?大切な友人ーー幼馴染みをそんな風に呼ばれては。
「そうか?だがオレにはそうとしか思えない。ギアッチョのありゃあ崇拝だろう」
「それなら私たち、お互いを崇拝し合ってるってことになるんじゃない?いいじゃない、それでも。それだけ大切にしてるってことでしょう?」
「わかってねぇなぁ〜〜〜……」
今度のは明確な呆れだった。馬鹿にされている。おまけに「オレは今、ギアッチョに同情してるよ」とまで言われ、……堪忍袋も限界だった。
「……私たちのことに口出しするってことは、あなたの私生活にも手を出していいって宣言なのかしら」
名前は腕を組み、静かにメローネを見下ろした。
ーーと、
「おっと、怒るなよ。もう退散するからさ」
途端にメローネは両手を挙げ、降参の意を示す。「なぁ悪気はなかったんだ」宥めすかせる声音。おどけ、伺う眼差しに、名前は深い溜め息を吐く。
「わかった、わかったわよ。あなたがどこで何してどんな事件を起こそうが、私はこれからも関知しないから……安心して」
「あぁありがとう。あんたのそういうところ、オレは最高にいいと思うぜ」
「そういうところって?」
「自分に関係なければ誰が死のうがどうだっていいってところ」
「…………」
まったく。まったく褒められている気がしない。
だが名前が睨みつけてもどこ吹く風。メローネには通用しないし、彼は遅い昼食をのんびりと再開していた。もう退散するという言葉はなんだったのか。
これ以上考えても仕方がない。文句を言うのも同じく。名前がどうしたって彼は好き勝手に過ごすのだ。だからもう、諦めるしかない。
名前は頭を押さえ、肩を落とす。
……彼が帰るまで何事も起こりませんように。
神様どうか、と願うことしか名前にはできなかった。