もしも降谷零と幼馴染だったら

 小さいときから、彼は正義の味方というものが好きだった。
 だから降谷零の将来の夢が警察官だと聞いたときも納得がいった。

「零ならなれるよ」

「当たり前だろ!」

 零は胸を張る。「そのために毎日トレーニングしてるんだから」彼の言葉に間違いはない。 名前も彼が努力を重ねていることを知っていた。口さがない人は降谷零を超人のように扱ったけれど、名前は、それから彼の親友は、降谷零という少年が努力家だと認識している。ただそれを表に出したがらないだけで。――能ある鷹は爪を隠すって言うだろ?とは降谷少年の弁である。

「それで?名前の夢は?」

 ずいっと手元の紙を覗き込まれる。
 あっと思ったけれど、「なんだ、白紙じゃないか」――零の言う通り、何も書かれていないのだから焦る必要もなかった。
 将来の夢。そう大きく書かれた紙が配られたのは今朝のこと。来週からの朝の1分間スピーチ、そのお題が与えられたのだ。「毎朝一人、順番に発表してもらうからね」先生はそう言った。もちろん子供たちから非難の声が上がったものだけど、子供の意見など通るはずもなく。毎日の宿題である書き取り、計算ドリルに加えてもうひとつ、新たな課題が言い渡されたのであった。
 「こういうのはさっさと片づけよう」自分の立てたスケジュール通りの生活じゃないと気が済まない質の零はすぐにそう言い出した。でも彼の親友は用事があるという。「昼休みはドッジするってルールだからな!」悪いと彼は笑ったけれど、そもそもそんなルールなど存在しない。あるのは彼の頭の中だけだ。
 そんなわけで零と名前は昼休みにも関わらず机で頭をつきあわせていた。零は5分もしないで書き終えて、そのうえ名前の前で音読してみせた。「俺の将来の夢は警察官になることです――」彼の明朗な声はこの冴えわたった空のようだった。
 小学生の時分に将来の夢など語ってどうなるというのだろう。まして、自分なんて。名前は卑屈に思う。どうせ私に選択権などないのに、と。

「……わからないから」

 でもそんなこと零には言えなかった。だって零はきっと怒る。零は優しい正義の味方だから。名前のことを、名前の属する世界を憎むに違いない。そしていずれはそんなもの壊してみせると宣言してしまうだろう。
 ――それはダメだ。
 組織に牙を剥く。――そのとき、零は?考えただけで寒気がした。冷たくなった零のことなんて見たくない。
 零は何も言わなかった。それが却って怖くて、名前は慌てて拳を握る。

「でも、零の応援をすることはできるよ」

 うまく、笑えているだろうか。いつもの名前でいられているだろうか。降谷零の友達の、名前のままで。
 そんなことでいっぱいいっぱいなのに、なのに零はさらなる爆弾を名前に投下する。

「――なら、名前も警察官になればいい」

 え、っと思わず目をぱちくりさせてしまう。「何を言ってるの?」反射的に口から飛び出たセリフ。今の名前はきっとひどい間抜け面をしている。だからか。零は眉をつり上げた。

「……だから!お前も警察官になればって言ったんだよ!」

 名前が、警察官に。怒声はしっかり耳を通って頭まで届いた。名前が、警察官。そんなの、あり得ない。

「どうして」

 ぽつり。訊ねた声は名前が思ったよりもずっと静かなものだった。どうして。どうして、そんなことを言うの。ぽつりと雫が落ちた水面のように、名前は呟いた。
 「それは、」零は言葉に詰まる。「それ、は」俯き、唇を噛み。それから彫像のように凍った名前の手に自分のそれを重ねた。

「……どうせなら、近くで応援してくれればいいのに、って」

 そう、思ったんだ。
 最後の方はほんのかすかな囁きであったから、ともすれば聞き逃してしまうところだった。
 でもこの瞬間、二人の周りには静寂が広がっていた。校庭での喧騒も廊下でのさざめきも、何もかもが隔たれたところにあった。
 零の手はあまりに温かかった。何も知らない、子供の手。無垢で無邪気で無鉄砲で、どんな深淵にも飛び込める勇気があって。
 だから、名前には彼の手をとることができなかった。

「……ありがとう」

 そう言って、泣き笑うだけが精一杯だった。
 後日、組織から警察内部に入り込むようにと命じられ、名前はひとりぼっちの部屋で泣いた。







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もしも主人公が幼いときから日本の中枢に入り込めるよう仕組まれていたら。
という設定は後付けで、ただ降谷少年が書きたかっただけ。そのうちちゃんとまとめてIFに上げたいネタ。
スコッチの本名さえ分かれば彼の話も書けるのになぁ……。