こういうのはどう?


 “Tutte le strade portano a Roma”ーーすべての道はローマに通ず。
 余りに有名な諺だが、事実ローマを中心として幾つもの道路が整備された。アッピア旧街道もそのひとつ。ローマから南東に伸びるこの道は古く、紀元前312年に作られたとされている。
 そして、今。多くの墓や祠が立ち並び、観光地として有名になったこの道を名前たちは歩き、ようやく『目的のもの』を見つけたのだった。

「ぼくは反対だ。やはりやめた方がいい」

 沢山の車が停まった駐車場。その物陰から様子を窺い、フーゴは真剣な顔つきで言った。

「盗むのは危険が多すぎる。やはりぼくはヒッチハイクで潜り込んで移動すべきだと思う」

「いったい何が気に入らねーんだよォフーゴォー……」

 その肩に手を回し、ナランチャは続ける。

「オレいつもやってるから簡単だよ」

 何も難しいことはない、だから早く盗もう。そう急かす彼はこそこそと歩くのにもう飽き飽きしていた。険しい目をしたままのフーゴに気づかず、ナランチャは焦れったそうに車を指した。
 が、そんなことで折れるフーゴではない。

「誰も難しいなんて言ってないよボケ!危険だって言ってるんだ!」

 ここは観光地。しかもローマまでは後少し。放置された車でもなし、足を奪われた運転手はすぐに警察へと通報するだろう。そうなったらもうお仕舞いだ。きっとそこから敵は名前たちの所在を突き止めてしまう。

「たぶん一時間以内にボクたちは追いつかれるね!」

「そうかなァ?」

「いえ、フーゴの言う通りだと思うわ」

 心配しすぎじゃないか、とナランチャは首を傾げる。その隣、肩を寄せ合った名前は静かに頷いた。
 ここはまだ最後に襲撃を受けた場所からさほど離れていない。見つけるのは容易だろう。
 それにアウトストラーダーー高速道路もすぐ側を走っている。こんな都会では人の目が多すぎた。逃亡には余りに不向き。車を奪ったとして、すぐ廃車になってしまうだろう。
 そう思い、名前はフーゴの意見に賛同した。元より慎重なのは彼と同じ。考えが似通うのも道理だろう。
 けれどフーゴは名前と視線が合うと満足げに顎を引いた。小さく、けれど確かに。

「いやヒッチハイクの方が圧倒的に危険だと思うぜ。他人任せでゆっくりもたもた行く方が危険だ!それにどこ走ってるかわからねーのはけっこう精神にくるものだぜ!」

 だが反論の声はまだあった。名前の隣にいたミスタだ。彼は胸に手を当て、力説してみせる。

「ぼくは車を手に入れることを自体を反対しているんじゃあない!この場所で『盗む』のが危険だと言ってるんだ!あっという間に見つかるぞッ!」

 ミスタは大胆な性格をしている。いつだってその選択には思いきりのよさがあった。
 しかしフーゴの性格はそれとは反対。だから双方の意見が一致することなどなく、お互いが一歩も譲る様子がない。どちらも誤りではなく、どちらも正しいかわからない。車を盗んだことがいつ判明するのか、すべてはその点にかかっているのだから。
 困った名前は沈黙を守っていたアバッキオを見た。その視線を受け、彼はゆっくりと口を開く。

「たしかに……フーゴの言うことももっともだぜ」

 彼もやはり慎重な質。故にミスタやナランチャのような選択などできず、眉根を寄せて考え込む。
 どうするのが最善か。どうすれば盗難が露見するまでの時間を稼ぐことができるのか。

「え〜ブチャラティはなんて言ってるんだよ〜〜〜!ブチャラティの指示を聞こうぜッ!」

 悩んでいると、ナランチャは弱りきった様子で声を上げた。考えること、それは彼にとって専門外。門外漢故に選択を神にーーつまりは彼にとってのーー委ねようとした。

「『一台盗めば』あっという間に見つかってしまうでしょう。だが『百台盗めば』どの車に乗っているのか……見つけるのは困難になるでしょう」

 不意に。
 沈黙に落とされる声。静かな……余りに静かすぎる声。ほんの小さな動揺も躊躇もそこには存在しない。ジョルノ。彼は一切の揺らぎを見せず、立ち上がった。

「なんだって?ジョルノ?」

「どういうこと?何をするの?」

 困惑するのは彼以外。ジョルノ以外の五人全員が戸惑いに彼を見上げる。だが彼がそれに答えることはない。その目は駐車場、ただ一点を曇りなき眼で見つめ、そして。

「『ゴールド・エクスペリエンス』ッ!」

 声と共に発現するスタンド。黄金色の体は宙を駆け、拳を振りかぶる。

「ま、まさか……」

 響き渡る重たい音。ひしゃげる車。ボディは見るも無惨。しかも一台だけじゃない。二台三台四台……と次々に破壊していく。
 その様に、名前はようやっと予感を抱く。彼の能力。物体に生命を与える力。そして今彼は車を殴った。ということは、つまり……。

「とりあえず十台!これでなくなったのがどの車か区別つかなくなりました。……そして!」

 バラバラになり、部品を散乱させ。地に落ちた車たちがジョルノの足元で形を変えていく。新たな命を注ぎ込まれ、芽吹いていく。

「残った車に乗って行けばどれで逃げたか探すのに十倍の時間がかかります」

 その姿は蛙だった。十匹以上の蛙。彼らはもう車なんかじゃない。意思を持ったひとつの命だ。だから好き勝手に跳ねていく。持ち主のことなど忘れて、駐車場から街道へと。

「な……なるほどよー」

 その大胆すぎる解決策。強引ともいえるが、しかしこれで問題は片付いた。フーゴも名前も車で行くのに反対していたわけじゃない。できることならヒッチハイクを避けたかったのはミスタと一緒だ。

「フン……ま!いいだろう。ブチャラティに知らせろッ!車は手に入れたとな!」

 だからアバッキオも納得した。相変わらずの言い方であったけれど、彼がジョルノを認めているのは間違いない。

「……素直じゃないんだから」

「うるせぇ」

「いたっ」

 そう、微笑ましく思い、思わず呟く。
 と、それは耳聡く拾い上げられてしまう。しかも張本人のアバッキオに。
 ーー地獄耳も相変わらずね。
 はたかれた頭を押さえながら名前は恨めしげにアバッキオを見上げる。だがそうしたってやはり鼻で笑われるだけ。どこまでも子供扱い。ジョルノの方が余程対等な付き合いができていると名前には思えてならなかった。