真実がなんであれ


 赤井秀一に変装したバーボン。そんな彼が、今度は百貨店で爆弾騒ぎに巻き込まれたらしい。銀行強盗に襲われてからそれほど日は経っていないというのに。
 これにはさすがの彼も参ったらしい。「ヤツは何かに憑かれてるんじゃないか」とぶつぶつ呟く始末。覇気のない背中に同情を禁じ得ない。
 風呂からあがった名前は、透の前にグラスを置いた。オールド・クロウをロックで。ハワイアンホーストのナッツを添えて。名前は透の隣に座った。グレイのソファが一人分沈み込む。
 透はグラスの中身を一口飲んだ。そして、名前の肩にかかったタオルをとった。

「まったく、いつになったらキミは髪を乾かすことを覚えるんだ?」

 名前は答えた。「いつまでも」だってこれまでもそれで不自由したことなんかないんだから。
 透はやれやれと呆れながらも、その手は名前の髪を拭くことに熱を注いでいた。
 彼は随分と世話焼きな質らしい。これまでもそういった傾向は見られたが、共に暮らし始めてからはそれが顕著だった。その証拠に、彼は名前の髪を拭うだけでなく、既に準備してあったドライヤーで乾かし始めた。
 この行為が習慣になりかけていることにいささか危機感を覚える。なぜって、そりゃあ透の手が心地いいからに他ならない。彼はブラッシングの才能まで有しているのだ。何たる不覚!けれど名前は本能には逆らえないので素直に目を細めた。

「今日は本当に散々だったよ、収穫といったらジンの間抜けなところが見られたってことくらいかな」

「大収穫じゃない」

 熱風越しに名前は返した。間抜けなジンですって?そんな愉快なものが見られるなら名前も着いていけばよかった。口を尖らせてしまうのも致し方のないこと。固有名詞で呼ばないジンは大概のフェンリルに遠巻きにされている。ヤツは動物に好かれないタイプなのだ。

「だいたい百貨店なんかでことを起こそうなんてのが間違ってる」

 名前たちの仕事は新聞の一面を華々しく飾ることじゃない。ドン・ヴィートとかカロジェロ・ヴィツィーニとかの時代とはわけが違うのだ。目立つこととはすなわち死と同義である。そう、名前は”お父様”から教わった。

「おまけに一般人にバレそうになったんでしょう?いっそのことそのまま通報されちゃえばよかったのに」

「……日本警察に手錠を嵌められるジン、見たい?」

 少し、声のトーンが落ちる。安室透でもバーボンでもないような、そんな感覚。名前は違和感を覚えたけれど、あえて無視した。「見たいよ」

「人相が悪くってタッパもあって、鋭い目で悪役を追い詰める、ジンよりも綺麗な銀髪の刑事とかに捕まっちゃえばいいと思う。たとえばそう、」

「リー・マーヴィンみたいな?」

 名前に続けて、透は言った。違和感は霧散していた。いつもの安室透だった。彼は笑いだすのを我慢しているようだった。声が、震えている。
 「そう、リー・マーヴィンみたいな」名前も笑った。悪役の自分が警察の話をしているのがおかしかった。「彼のような人に捕まるなら本望だと思うの」ジンはまっぴらごめんだろうけど。

「日本の警察って優秀でしょう?ジンはおいたが過ぎるからそのうち現実になりそう」

 名前はスコッチのことを思い浮かべていた。彼は統率力もあるし銃の扱いにも長けていた。人の心を惹きつける才もあった。だから、そんな彼の仲間になら。
 その時透がどんな顔をしていたのか知らない。名前も、自分から触れようとはしなかった。公安警察のスパイだったスコッチと、そんな彼が気にかけていたバーボン。その二人の関係性については。

「……そうかもしれないな」

 バーボンが口にするまでは、何も気づかないフリをしようと思った。