本誌ネタ。
別段民芸品に興味があるわけではない。ショッピングモールを歩いていて、ただなんとなく目に止まった。それだけ。
でも零に「入ってみる?」と聞かれると一も二もなく頷いてしまうのが性というもので。いやまぁ目に止まったのだから何かしら関心を惹いたのは確かだろうが、しかし一人ならわざわざ立ち寄らなかったろう。
「変わった匂いね」
嫌な感じではないけれど。でも日本のそれとは違う、独特のーーエスニック系の匂いで満ちた店内。木材をふんだんに使用した内装。木彫りのよくわからない置物を眺めるだけ眺めて、名前は顔をあげた。愉快な面立ちをしていたが、さすがに得体のしれないものを神聖なる我が家に持ち込む気にはなれなかった。
「気分は悪くない?」
降谷零は心配症だ。こうして案じてもらうのも日々の常。それでもそのたびにくすぐったさを感じてしまう。「大丈夫」慣れる日が来てほしいような来てほしくないような。オトメゴコロはフクザツだ。
その店はアジア圏の雑貨だけでなく飲食物まで取り扱っていた。「へえ」零は興味深そうに色々手に取っている。「名前は食べてみたいのある?」パッケージにはそれぞれナンだとかガパオだとかグリーンカレーだとかの写真が載っていた。恐らく調味料だろう。どれも美味しそうだ。
でも。
「零に任せるわ」
名前にとって大切なのはメニューじゃない。一番は誰が作ったかで、それが降谷零ならなんだっていいのだ。それが名前の大嫌いな野菜を使ったのだとしても、彼の手で生み出されたものは万物すべて口にするのもやぶさかではない。
と言うと、「責任重大だなぁ」と零は笑った。笑って、名前の頬を擽った。「そういうのはあんまり言うもんじゃないよ」名前は咄嗟に口を覆った。まずいことをしたのかしら。おずおず見上げると、零の笑みが深くなった。
「僕の前ならいいんですけど、ね」
悪戯っぽく言うのは安室透だ。近頃は3つの顔で名前を翻弄するものだから心臓がいくつあっても足りない。
この時も名前の心臓は音を立てた。どういう仕組みか、契機がなんなのか、今の名前にはわからないが、それでも彼が原因だというのはわかる。これもオトメゴコロってやつなのかしら。タイヘンって蘭も園子も言うけど本当にその通りね。冷静に考える自分がいる一方で、表の名前は大いに狼狽えていた。「……っ」何を言ったらいいのやら。意味のある言葉が出てこない。縺れた舌に乗るのは空気ばかり。
そんな名前を彼は優しい目で見る。ひどく、優しい目で。「……他にも、見てみようか」引く手に、名前はこくこくと首を振った。
「これなんか名前に似合いそうだ」
零が見つけたのは中華風のブラウジングワンピースだった。爽やかな青が夏らしい。袖がないのも涼しげで好ましかった。
それになにより。
「……零が似合うって言うなら」
渡されたそれを体に当ててみる。窺い見ると、零はあっさり頷く。「かわいいよ」さらりと口にできるのが彼の恐ろしいところだ。それが変に引っ掛からないというのが、また。しかも「じゃあこれ買おうか」と即断してしまうのも、名前が遠慮すると「俺が名前に着てほしいんだよ」と言えてしまうのも……あまりに格好がよすぎる。名前にもこんな甲斐性があったらと思わずにはいれない。
なので、名前も言ってみた。
「じゃあ私もあなたに着てほしいから買うわ」
するとさすがの零も目を丸くする。「え?」驚いたままの彼を置き去りに、名前は布の並みに手をかけた。
名前のファッションへの意識は低い。透と出会うまで、いや出会ってからも彼に任せきりだった。だから自分のセンスとかそういうのは信じてない。それでも彼に似合うか似合わないか。ああでもないこうでもないと引っ張り出しては戻してを繰り返した。
「これはどうかしら」
それは零が選んだのと同じ中華風の衣装だった。左胸に留め具のついた白い上衣と黒のパンツがセットになったもの。これを選んだのは彼が以前留め具の沢山ついた服を着ていたのを思い出したからだ。それだけ、だったのだけれど。
「…………」
思っていた以上に似合う。体に当ててみて、名前は言葉を失った。どこか可愛らしい、幼げな衣装が降谷零の繊細な面立ちにぴたりと嵌まっていた。あまり派手ではないのも彼の容姿をよりいっそう引き立てている。
「名前?」
首をかしげられ、我に返る。「あっ、……っと、」焦りすぎだ。わかっている。わかっているのだけれど、言葉が追いつかない。「その、」いろいろ、思ったことはある。ある、が。
「すごく、似合う……」
ようよう言葉にできたのはそれだけだった。しかも消え入りそうな声だ。零みたいにさらりとなんでもないようには言えなかった。不甲斐ない。
しかし意外や意外。こんなのでも零は頬を緩めてくれる。「……そう」なんだか視線がやけに温かい。そんな目で見られる謂れはないのだが。
「じゃあ、これにする」
「それでいいの……?」
「ああ、」
だって名前が選んでくれたのだからね。
零は人差し指を立てて片目をつむった。「それ以上はないよ」それに、
「おそろいみたいで嬉しいじゃないか」
意図したわけではない。ないのだけれど、零があまりに穏やかで、喜びに満ちた目をしているものだから。だから、名前は。
「そういうの、あんまり言っちゃダメよ」
少しだけ、零の気持ちがわかったような気がした。
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連載がここまで進んだらそっちに移すかも。